So-net無料ブログ作成

お前の番だ! 468 [お前の番だ! 16 創作]

「誤解が生じたのなら謝りますよ。私は総士先生に無礼を働く気は毛頭ないのだし」
 洞甲斐先生は泳ぐ目で万太郎を見ながら、しどろもどろにそう云って頭を下げるのでありました。この人は基調としては鈍感に由来する不遜な人のようではありますが、その割に実は極めて小心な人でもあるなと万太郎は心の端で侮りを覚えるのでありました。
「ところで移籍のご意志は、もう興堂流の宗家にはお話しをされているのでしょうか?」
 万太郎は暫し不興気に黙った後、語調をやや緩めて話頭を変えるのでありました。
「いや、未だ話してはいませんよ」
 洞甲斐先生はここでまた万太郎に対して丁寧な言葉つきに返るのでありました。「移籍が叶ってから話しても良かろうと思いましたのでね」
「それでは今まで在籍した興堂流に対する礼儀からも、洞甲斐先生のお覚悟と云う点から考えても、順序が逆ではないかと思うのですが?」
「そうですかな?」
 険悪なムードが少し変わった事に安堵したのか、洞甲斐先生はそうあっけらかんと云ってジョッキのビールを飲むのでありました。それを見ながら万太郎の方もビールのジョッキをゆっくりとした手つきで取り上げるのでありました。
 まあ、旧興堂派の広島支部等が移籍した経緯も、先ず総本部の意向を確認してから、その後に旧興堂派に三下り半をつきつけたのでありましたから、今次の洞甲斐先生と大差ない対応であったと云えるでありましょう。依って興堂流を辞める前に総本部の許諾を貰おうとした行為は、万太郎がそれ程つめ寄れる筋合いはない事になりましょうか。
 ここは偏に洞甲斐先生を撃退する方便として、万太郎はそんな筋論を展開していると云うわけであります。でありますから、後ろ暗さが全くないわけでもないのであります。
「技法の統一と同時に、洞甲斐先生をお迎え出来ないのは興堂派に対する配慮からと云う事を先に申しましたが、以前旧興堂派の支部が総本部に移った経緯の中で、まるで総本部が指嗾して興堂派の支部を移籍させたかのような、根も葉もない噂が飛び交いました。それはこちらとしては全く不本意な話しで、向後移籍に関しては明快さを第一にしたいと考えております。ですから手続きとして、先に興堂派に支部を辞する旨通達をしてから、その後にこちらに接触していただかないと、話しを進める事は出来かねると云う事です」
「随分と堅苦しい事ですな」
 洞甲斐先生は苦相をして見せるのでありました。
「移籍しようとする方の覚悟の程と云うのも、こちらとしては勘案いたします」
「若し興堂流に先に辞意を伝えて、その後に私が話しを持ってきたとしたら、私の移籍を受け入れていただけたのでしょうかな?」
 万太郎はここで少し口の端に笑いを浮かべるのでありました。
「手続きの正統性は評価させていたします。洞甲斐先生のご人徳に対しても敬意を評させていただきます。しかしそれでも移籍の件はきっぱりお断りする事になるでしょう」
「なあんだ、あれこれおっしゃるが結局ダメと云う事じゃないか。向こうにも立つ瀬がない状態になって、移籍もダメだとしかもなると、私は路頭に迷わされるようなものだ」
(続)
nice!(12)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0