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お前の番だ! 461 [お前の番だ! 16 創作]

 万太郎は稽古後に今宵の親睦食事会の欠席を八王子支部の責任者に詫びて、洞甲斐富貴介先生と二人で体育館を後にするのでありました。調布にある総本部道場への万太郎の帰途を考えて、二人は西八王子駅から電車に乗って八王子駅まで移動するのでありました。
「京王線の方が、折野先生は帰りの都合が良いでしょう」
 洞甲斐富貴介先生はそう疎漏なく気を遣うような事を云って、万太郎を京王八王子駅近くの居酒屋に誘うのでありました。別に何処であろうと万太郎としては何ら構わないのでありましたが、まあ、ここは洞甲斐富貴介先生の配慮に従うのでありました。
「いやあ、折野先生の指導は実に細心ですなあ。技の理を明らかにして稽古生達の納得を得た上で、あれこれ動きを細かく指導する辺りは、私も大いに参考になりましたよ」
 生ビールの大ジョッキと幾品かの料理を注文してから、洞甲斐富貴介先生はそんなべんちゃら等を述べて、如何にも感心したように万太郎に一礼をするのでありました。
「いえ、未熟者です」
 万太郎は一応礼儀から謙遜のお辞儀を返すのでありましたが、この洞甲斐富貴介先生の万事に大げさに過ぎるような世辞も、そろそろ鼻についてきているのでありました。
「何をおっしゃいますやら。その若さで立派なものです。日頃から深く常勝流の技術を研究されている証しだと、益々以って尊敬の念を篤くいたしました」
 万太郎はもう、言葉を返すのも億劫になってくるのでありました。
「で、僕の耳に入れておきたい最近の興堂流の様子について、と云うのを、早速お聞かせいただければと思うのですが」
 万太郎は店員が持ってきた生ビールの大ジョッキを、特に乾杯の仕草もせずにすぐに口に運びながら、もう一つの話しとやらに取りかかってくれるのを促すのでありました。
「ああ、そっちの件ですがねえ。・・・」
 洞甲斐富貴介先生は万太郎に、何はともあれお決まりの、乾杯の仕草を肩透かしされて仕舞って、何となく調子が狂ったような風情でビールを一口飲むのでありました。

 朝稽古を終えた師範控えの間で、あゆみが万太郎の披露する話しに大いに興味を惹かれたと云う顔を向けて、その先を促すのでありました。
「それで昨日、洞甲斐先生は万ちゃんにどんな情報をくれたの?」
「まあ情報と云うより、威治宗家や洞甲斐先生、それに堂下と云った旧興堂派の生き残り連中が、今の興堂流では随分隅に置かれていると云った、愚痴のようなものでしたよ」
「ほう、愚痴のようなもの、ねえ」
 今度は是路総士が言葉を発するのでありました。「一見派手に新規蒔き直した観のあった興堂流だが、中では威治君を頂点とした体制が上手く運んではいないのかねえ」
「自分は早晩そうなるだろう事は、何となく想像はしていましたが」
 花司馬教士が言葉を挟むのでありました。「板場が抜けた後、威治宗家が招聘した新しい空手や柔道崩れの指導員連中の方が、旧興堂派の生き残りよりも人数で上回って仕舞いましたからねえ。それにそう云う連中は道分先生の薫陶も受けてはおりませんから」
(続)
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