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お前の番だ! 420 [お前の番だ! 14 創作]

 それでも鳥枝範士の予想はあくまでも冷淡なのでありました。
「あの横着者の威治にそんな手際なんかあるものか。聞くところに依ると少しは繁忙になった事務をすっかり人任せにして、そのくせ金庫の鍵だけは自分以外の者には絶対触らせないらしい。彼奴は自分が宗家になった途端、急に吝くなったらしいぞ。その前までは銭勘定は好い加減で、道分先生に下らん使い途の金の無心ばかりしていたと云うのに」
 この鳥枝範士の、聞くところに依ると、とは、前に広島の須地賀志部長と一緒に総本部を訪った、佐栗真寿史理事からの情報と云う事のようであります。佐栗理事は未だ向こうの理事をしているようでありますが、これは鳥枝範士の要請故でありましょう。
 興堂流の消息は、幾つかの武道やスポーツの雑誌にも取り上げられたりするのでありました。装いを全く新たに勇躍する二代目宗家率いる武道興堂流、であるとか、昭和の天才武道家道分興堂の技を継承し発展させた二代目宗家、であるとか、新武道興堂流は古武道常勝流を超えた、とか云う威勢の良い文字がその中に躍っているのでありました。
 万太郎はそう云う文字を見ると面食らったり苦笑ったり立腹したりと、なかなか表情の忙しい変化を強いられるのでありました。鳥枝範士は憫笑一辺倒、花司馬教士は只管の困惑顔、是路総士と寄敷範士は殆ど無表情、と云ったところでありましたか。
 鳥枝範士によれば、これは会長が総本部を見返そうとして色々働いているからであろうと云う事でありました。会長の政治的影響力ならそう云った情報戦略は武道界と云う狭い世界は勿論の事、大手メディア相手でもそれなりに展開出来るのだとの事であります。
「しかしそんなキャンペーンを幾ら張っても、結局実質がなければすぐに耳目を引かなくなる。世間はそう甘くはない。第一あの会長は政治家として興堂流だけに関わりあっているわけにはいかないし、それ程本腰を入れる対象だとは実は考えてはいないだろう。だから精々、金のかからない口利き程度で打てるキャンペーン以上にはならない」
 鳥枝範士は徒花説を堅持してせせら笑うのみでありました。「その内あの会長も威治の余りの盆暗加減にげんなりして、冷淡に興堂流から手を引いてしまうのがオチだな」
 興堂流は乱稽古紛いの稽古ばかりをしていると云う事でありましたが、竟に地元江戸川区の体育施設で、第一回道分興堂杯争奪自由組手選手権大会、と云う催しを開催するのでありました。これは云うなれば柔道や空手の試合大会のようなものでありましょう。
 自由組手、と銘打っているからには、威治宗家が連れて来たと云う空手家崩れの指導員の発案であろうかと万太郎は推測するのでありました。まあ、規模の程は知れないながらこうして大会なるものを企画実施するのでありますから、その指導員もなかなかの事務手腕を持っていると云えるかも知れませんし、それとはまた別に会長の息のかかったプロデューサー的な才を有する何者かが、威治宗家の後ろについているのかも知れません。
 まあ、自由組手、と云う言葉もそうでありますが、選手権大会、と云う命名にしても、常勝流には如何にも馴染まない言葉であると万太郎は思うのでありました。本来、古武道は特にそうでありますが、毎日の直向きな稽古そのものがただ一つの目的であり、大会、等と銘打つ催しは無用と云うよりは寧ろ有害でありましょうし、試合、も稽古法の一手段以上ではなく、それを殊更強調しようとするのは邪道であると思うのであります。
(続)
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