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お前の番だ! 412 [お前の番だ! 14 創作]

「そう云うのは、絶対止しましょうよ」
 来間は大いにたじろぐのでありました。
「まあ、それは冗談として、折があったら注連ちゃんの思いは、お父さんにそれとなく云っておくわ。お父さんはだからと云って、笑うだけで何もしないかも知れないけど」
「よろしくお願いします」
 来間はあゆみに一縷の望みを託して合掌するのでありました。
 結局、来間の尻がむず痒いところのこの件は、是路総士から花司馬教士に伝えられて、今度は尻を自分が掻こう等とは特に云い出さないで、花司馬教士は来間に関しては、君づけ、と云う妥協策で折りあうのでありました。しかし万太郎とあゆみに関しては断固譲らず、将来の総本部を背負うべき人に無礼はなりませんと、先生づけを止めない方針を是路総士に明らかにするのでありましたが、是路総士はここまで妥協を引き出すのが自分の力の限界であると、これ以上の説得を諦めてあっさり引き下がったようであります。
 是路総士に説得を諦めさせるとは、花司馬教士の頑固一徹、慎に恐るべし、でありますが、この話しを漏れ聞いた鳥枝範士と寄敷範士が、それ以降時々万太郎とあゆみを面白半分に先生づけで呼ぶようになったのは、これは困った誤算でありました。ま、来間の態度に不謹慎であったための天罰だと云えなくもないでありましょうか。
 こんな花司馬教士でありますが、序につけ加えれば、花司馬教士は心機一転の意気ごみを示すため、一家して調布の道場近くに引っ越して来るのでありました。総本部の一員となった事に対するその志操の程は、慎に以って敬すべしであります。

 花司馬教士はすぐにも総本部道場の中心指導をと云う万太郎やあゆみ、それに是路総士の企図に対して、慇懃に辞退を申し入れるのでありました。自分は未だ興堂派の技法に染まっている儘で、それは総本部の技法とは微妙な差異があるから、そんな状態で中心指導をすれば門下生が混乱する事になるに違いないと云うのがその理由でありました。
 花司馬教士は興堂派での自分の技量をすっかりさて置いた態度で、総本部の技法を吸収するために直向きに稽古に打ちこむのでありました。また稽古中に感じた少しの疑問も疎かにせず、稽古後には万太郎やあゆみを捉まえて確認を取るのでありました。
 でありますから、自然に夜の内弟子稽古の場が技法の細かなお浚いの場と化すのでありました。しかしこれは万太郎やあゆみ、それに来間や他の準内弟子達にとっても、今まで曖昧な儘にしていた技法上の疑問を、細かなところに到るまで明確化統一化して、言語化するための実に有益な稽古となるのでありました。
 流派における技法の統一や深化のためには、こう云った稽古が必ず要るのでありましょうし、こういう稽古を半年程積む内に、当然自身の直向きさと、既に技術に熟達していたところもあって、花司馬教士は総本部の技法やその依って立つ考え方にすっかり溶けこむのでありました。まあ、その態度の堅苦しさは然程変化なさそうではありましたが。
 この間、興堂派改め武道興堂流の動静はと云うと、本部道場を神保町から葛西の外れの方に移すのでありました。家作も随分小ぢんまりした構えのようであります。
(続)
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