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お前の番だ! 375 [お前の番だ! 13 創作]

 花司馬筆頭教士のこの慰労会は、日を跨いでも続くのでありました。今後の身のふり方に目途が立ったためか、花司馬筆頭教士は来た時の固い表情とは裏腹に、大いに安堵した面持ちで注がれる儘に猪口を傾けるのでありました。
「明日も稽古があるでしょうから、そろそろ自分はお暇します」
 気を遣ってそう云う花司馬筆頭教士をイケる口の鳥枝範士が無理強いに引き留めて、来間に徳利の更なるお代わりを何度も命じるのでありました。身の立つように取り計らってくれようと云う鳥枝範士の慰留を、花司馬筆頭教士としては無下に退ける事も出来ないだろうし、鳥枝範士と同様イケる口である花司馬筆頭教士でありますから、無下に退ける意志も薄弱と云うところで、この酒宴はいつ果てるともなく続くと云う寸法であります。
 気の毒なのは一番下っ端の来間で、鳥枝範士にいつ何時、用を云いつけられても即応すべく緊張の面持ちを解けずにいるのでありました。だから来間は酒精に負けて舟を漕ぐのも儘ならず、疲れたから寝ると内弟子部屋に勝手に引き上げる事も出来ず、しかし酒はどんどん注がれるわで、下っ端内弟子の悲哀を大いに堪能した事でありましょう。

 興堂派の近況を宇津利が万太郎に伝えるのでありました。宇津利は門下生を止すと興堂派に伝えた後すぐに、総本部道場の専門稽古生として勇んで入門してくるのでありましたし、こちらの稽古に慣れたら、準内弟子になろうと云う意気ごみでありました。
「最近は体術の乱稽古ばかりですよ、向こうの稽古は」
 夕方の専門稽古が終わった後に、その日晴れて総本部道場の稽古に参加した宇津利を、興堂派の情報収集のために万太郎は内弟子控え室に呼ぶのでありました。そこに居た来間と準内弟子の山田に宇津利を紹介して、この二人にも同席を許すのでありました。
「組形の稽古とか剣術稽古は全くやらないのか?」
「そうですね。準備運動の心算で乱稽古に入る前に当身の単独形を、夫々勝手に十五分程度やるくらいですかね。稽古開始の一同揃っての神前への礼もありません」
「神前に礼もしないで稽古を始めるのですか?」
 宇津利と同い年である来間が、未だ馴染みが薄いので敬語を使うのでありました。
「神前への礼も、稽古生同士の礼もありませんよ。道場に入ったら一応その日の担当指導員の傍に行って挨拶しますが、それもちょいと頭を下げるだけの立礼ですね」
「何やら武道の道場と云うより、ボクシングとか横文字格闘術のジムみたいな感じだな」
 万太郎は眉間に縦皺を作るのでありました。
「若先生、じゃなかった、今は筆頭範士になっている御方の方針らしいです」
「若先生は、今は筆頭範士と自称されているのか?」
「若先生が筆頭範士で、板場さんが範士、それに堂下が範士代理だそうです」
 宇津利はそこで揶揄の笑みを浮かべるのでありました。
「ほう、堂下が範士代理ねえ。教士と云う名称は使わないのか?」
「そうですね。それから筆頭範士は濃茶の、カシミヤのような風あいの袴を着用されています。板場さんが綿の黒で、堂下が紺色です。称号に依って袴の色を変えたようです」
(続)
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