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お前の番だ! 368 [お前の番だ! 13 創作]

 何となくやきもきしながら母屋の食堂で待っていると、師範控えの間の廊下で待機していた来間が戻って来て、向こうで酒を所望だと告げるのでありました。それから万太郎とあゆみと、それに来間も一緒に酒肴に与れとの事でありました。
 日本酒の燗をする来間と、肴の用意をするあゆみを残して、先ず万太郎一人が師範控えの間に駛走するのでありました。座敷からは笑い声が聞こえてくるのでありました。
「押忍。失礼いたします」
 万太郎は廊下に正坐してそう声を上げて、障子戸を開くのでありました。笑みの残滓を頬に止めた儘笑い収めた三人が、万太郎の方に顔を向けるのでありました。
「おお折野君、夜遅くお邪魔しています」
 花司馬筆頭教士がそう声をかけるのでありました。思いの外元気そうな声に万太郎が少し面食らうのは、先程覚えた自分の胸騒ぎとの不整合に戸惑ったからでありました。
「押忍。いらっしゃいませ。酒と肴は整い次第持って参ります」
 万太郎はそう云ってから座敷に膝行で入るのでありました。
「実は花司馬が、興堂派を辞める事になったそうだ。今日はその報告に来たんだ」
 鳥枝範士が花司馬筆頭教士の来意を代わって告げるのでありました。
「え、本当に興堂派をお辞めになるのですか?」
 万太郎は花司馬筆頭教士の顔を凝視するのでありました。
「うん、辞める」
 花司馬筆頭教士はそれだけ云って、万太郎に笑むのでありました。
「今の興堂派には花司馬の居場所はないからな。向こうも今更何をしに神保町に足を運んで来るのか、と云ったすげない態度らしいから、そうまでされて居る必要もないと云うわけだ。長年尽くしてくれた大事な人間に、そう云う仕打ちはないと云うものだ、全く」
「辞められた後は、どうされるのですか?」
 辞めると決めた経緯には語り尽くせない程の思いがあるでありましょうが、それはここでは敢えて一足飛びして、万太郎は向後の花司馬筆頭教士の身のふり方を訊くのでありました。経緯に関しては、この後の酒を飲みながらの懇話の中で出るでありましょうから。
「さてどうするかな。未だはっきり決めてはいないよ」
 花司馬筆頭教士は先の目途も何も立てずに、先ずは辞めると決めた自分の呑気、或いは軽はずみを自嘲するような笑みを浮かべるのでありました。先の目途を立てるよりも取り敢えず辞めると云う決意を先にしたと云う、その切羽つまった心根が充分に察せられるので、万太郎は苦渋の顔で花司馬筆頭教士の自嘲の笑みに応えるのでありました。
「花司馬がこれで常勝流をすっかり止めて仕舞うのは全く惜しいと云うので、良かったら我々で花司馬の立つ瀬を考えようと、今さっき総士先生とワシで提案したところだ」
「花司馬君自身は当然、常勝流を続ける意志は未だあるのだろう?」
 是路総士が花司馬筆頭教士の方に顔を向けるのでありました。
「ええ、それはもう。道分先生の内弟子になって随分経ちますが、ようやくこの頃になって少しは常勝流の術理が判ってきましたし、自分でももっと続けたいとは願っています」
(続)
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