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お前の番だ! 363 [お前の番だ! 13 創作]

「八王子の方で興堂派の支部長をしている人、と云ったら洞甲斐さんとか云う人か?」
「そうです。洞甲斐富貴介と云う名前の先生です」
 この洞甲斐先生と云う人は、忍術やら修験道の業法を稽古に取り入れて、瞬間壁抜けの術やら分身の術やら、人差し指で触れただけで相手の力を無力化して仕舞うと云う瞬間活殺法とか称する技法を唱えて、常勝流の普通の修業から見れば全く趣を異にするような、奇妙奇天烈な稽古を売り物とする人でありました。でありますから、興堂範士に常勝流を習ったとは云え、一般的に認知されている常勝流の、或いは常勝流興堂派の技法とは似て非なる、と云うよりは全く似てもいない、別物と云った様相の武術なのでありました。
 鳥枝範士の言を借りれば、常勝流の面汚し、と云う事になり、生前の興堂範士も、誓ってあんな子供騙しを教えた覚えはない、と云う、異端扱いの先生なのであります。それでも興堂派に在籍を許されていたのは、偏に興堂範士の包容力に依ってでありましょう。
「あの洞甲斐先生が指導にいらしているのか。・・・」
 万太郎はそう云ってから思わず絶句するのでありました。この洞甲斐流とも云うべき武術は、こう云った風でありますから一部の好事家の熱烈な支持と云うものは得ていて、一定数の門下生は確保しているようなのでありますが、あくまでも、そこそこ、という範囲は越えない程度であって、万太郎等が指導に出向いている常勝流総本部系の正統派の支部と較べると、その賑わいぶりは比べようもないと云ったところでありましたか。
「洞甲斐先生もさることながら、もう二十年以上も武道から遠ざかっていた人とか、大昔に内弟子をしくじって辞めていた人が俄かに復活して、神保町の興堂派本部に乗りこんで来て大威張りで指導をし始めたのですから、その本部の、惨状、を察してください」
 宇津利は愛想尽かしの溜息を一つつくのでありました。
「どうしてそんな風になったんだろうな?」
「勿論、若先生の出鱈目な人脈と采配からです。道分先生が亡くなって、それに花司馬先生も干して、その穴埋めと云う心算なのでしょうが、それにしても呆れるばかりです」
「大方の門下生はそれで納得しているのか?」
 納得していないから宇津利がこうしてここに現れたのでありましょう。無意味な質問をしたものだと、万太郎は心の内で自分の言に舌打ちするのでありました。
「前に比べると色んな技術が学べるようになって楽しいなんて、あっけらかんと不見識な事を云う者も少数おりますが、大多数は苦々しく感じているでしょう。指導陣の多士済々を目論んだ心算でしょうが、それは実は、薄ら寒い実状の体裁を取り繕うための方便で、根本の常勝流興堂派の技術は、もう神保町では学べなくなったと云う事ですよね」
「それで、向こうを見限って、総本部に移りたいと云うわけだな?」
 宇津利は瞑目してゆっくり頷くのでありました。
「判った。興堂派内部の人間ではなくて、その一門下生が、自分の習う武道の道場を選ぶのは基本的に自由だ。移籍は問題ないだろう」
 万太郎が云うと宇津利は嬉しそうな安堵したような顔をするのでありました。
「有難うございます。入門を許されて、胸の痞えが取れたような気分です」
(続)
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