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お前の番だ! 352 [お前の番だ! 12 創作]

「ほう、普段はあんまり人の事をとやこう云わない万さんが、結構辛辣な皮肉を云うな」
「僕だって、実際、ほとほと呆れていますからね。今日だって、あゆみさんとの先達ての経緯は、それはまあそれとして、自分の父親であり興堂派の総帥の大事な葬儀の日だと云うのに、会葬に来た総士先生や鳥枝先生、それに寄敷先生にお礼の言葉も、今後の誼や引き立てを願う気持ちも表わさないで、あゆみさんの姿ばかりに気を回していると云う事ですから、これはもう若先生と云う人の脳みその出来具合までも、竟疑ってしましますよね」
 万太郎がそう云い終ると、意外にも何やら妙な間が空くのでありました。これは万太郎の予想の外でありましたが、自分でも気づかずに今何かとんでもない事でも口走ったかしらと万太郎は少し不安になって、横に立つ良平の方に顔を向けるのでありました。
「こうして見てみると、万さんはあゆみさん絡みになると、嫌にエキサイトするねえ」
 良平が少し引いた口調で云うのでありました。自分がエキサイトした様子で、今の言を吐いたと云う風に良平には見えたようであります。
 そんな心算は更々ないのでありましたから、万太郎はまごつくのでありました。来間にもそう聞こえたろうかと思ってそっちの方を見ると、来間は何となく遠慮がちにそっぽを向いて、万太郎と故意に目をあわさないのでありました。

 興堂範士の葬儀の日から一か月程が過ぎた頃、興堂派の花司馬筆頭教士が一人で調布の総本部道場を訪ねて来るのでありました。特段の用はないけれど、久しぶりに総士先生に稽古をつけて貰いたいと云うのが表向きの理由でありました。
 花司馬筆頭教士は是路総士の専門稽古と、万太郎が中心指導をする一般門下生稽古に参加するのでありました。万太郎としては自分が中心指導をする稽古に、常勝流の先輩で興堂派の筆頭教士が混じると云うのは、何やら畏れ多いような勿体ないような気分がするのでありましたが、花司馬筆頭教士の方は特段の拘りは何もないようでありました。
 前に威治教士が一般門下生稽古に参加した時にも、当初は同じような気分がしたのでありましたが、あの時には威治教士が一般門下生を相手に何をやらかすか知れないとか、万太郎を端から無礼て、無神経に稽古の厳粛さを台なしにしはしないかと云う警戒の方が先に立って緊張したのでありました。しかし花司馬筆頭教士の場合は、自分如きの稽古に参加して満足してくれるだろうかと云う、別の意味での緊張感が先ずあるのでありました。
 花司馬筆頭教士は流石に弁えた人で、稽古中は真剣な面持ちを崩さず、あくまでも万太郎を立てて、その指示や指導に一切邪魔を入れないのでありました。寧ろ謙虚に、興堂派の稽古のやり方や微妙な技の違いなんかを持ち出さないように気を遣って、総本部道場での一般門下生との稽古に意欲的に溶けこもうとしている風情さえ見られるのでありました。
 相手に組形の上で何か質問されても、自分のやり方は別かも知れないからと態々万太郎を呼び止めて、万太郎に指導を仰ぐのでありました。ここら辺りが威治教士と人間の出来が違うところで、花司馬筆頭教士の律義さとか篤実さの表れと云うものでありましょう。
 ただ、万太郎は花司馬筆頭教士の稽古姿を見ていて、一点気になるところがあるのでありました。それは何やら動きに、焦れ、若しくは、逸り、があるところでありました。
(続)
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