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お前の番だ! 342 [お前の番だ! 12 創作]

 万太郎は迂闊に動けないのでありました。攪乱する心算で不用意に微動すれば、是路総士はそこに容赦なくつけこむでありましょう。
 先を取ろうとも、或いは誘いを仕かけて後の先を取ろうともしない是路総士の静的な姿は、返って万太郎を進退能わざる窮地に陥らせるのでありました。と云ってこの儘息の気配も押し殺して対峙し続けていても、結局こちらが消耗するだけのようであります。
 万太郎は自分でも無意識の内に木刀の切っ先をほんの少し下げるのでありました。膠着を破ろうとしてと云うよりは、左手の籠り過ぎた力を緩めようとしての事でありました。
 その動きに、是路総士の木刀が意外にも微動するのでありました。万太郎はその意外さに賭けるしかないと一瞬で意を決するのでありました。
 万太郎は素早く足を前に送り、是路総士の水月に突きを繰り出すのでありました。是路総士は体を開いて一歩退いてそれを容易に躱すと、右手に持った木刀で万太郎の小手を小さな動きで打とうとするのでありましたが、これは予め読んでいた筋でありました。
 万太郎は素早く手を引いて是路総士の小手打ちから辛うじて逃れると、逆八相に木刀を畳んで、今度は自分が是路総士の右小手を目がけて袈裟に木刀をふり下ろすのでありました。是路総士も万太郎の先の回避動作と同じに、自分の左肩口に刀身を寝せた儘の逆八相に木刀を引きつけ、間髪を入れず万太郎の首を刎ねるように真横一文字に、コンパクトな動作ながら裂帛の気合の声と伴に右手一本で斬りつけるのでありました。
 万太郎は木刀を立ててようやくそれを防ぐのでありましたが、万太郎の耳元で木刀同士の搗ちあう音が高鳴るのでありました。容赦のない是路総士の斬撃を万太郎はその音と木刀を持つ手の衝撃で感じ取って、一瞬総毛立つのでありました。
 万太郎は大きく跳び退いて、二歩でも刀身の届かない程の間合いを空けると、正眼に構え直して是路総士の次の攻撃に備えるのでありました。恐怖から、及び腰の正眼の構えになっているのが判るので、何とも自分でも情けないと思うのでありました。
 是路総士の方も正眼に構え直すのでありました。こちらはゆったりとしていてしかも如何にも堂々たる構えで、この辺が格の違いと云うものでありましょう。
 さて、当座の危機は脱したものの、またもや万太郎は進退がどうにも叶わない羽目に陥るのでありました。打つ手が全く思い浮かばないのであります。
 ここであれこれ策を錬ろうとするのが、実は拙いのでありましょう。万太郎はふと少年時代に習っていた捨身流の剣道稽古を思い出すのでありました。
 あの頃は先後とか有利不利を一切考えずに、何はともあれ突貫するのを身上としていたのでありましたし、そうせよと教えられてきたのでありました。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、とはその頃の熊本の道場に掲げてあった扁額の言葉であります。
 ああ成程、つまり、捨身流、か。万太郎はここにきてようやくに、その流名の由来を改めて納得するのでありました。
 その流派の剣術を止めて久しい今頃になってようやくにその流名の訓義に思い到るとは、慎に以って迂闊と云うも甚だ疎か、と云うものでありますか。しかも今現実の窮地に在ってそんな回顧に耽ると云うのも、間抜けな話し以外ではないでありましょう。
(続)
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