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お前の番だ! 339 [お前の番だ! 12 創作]

「それまで。次あゆみ、行け」
 鳥枝範士が次の万太郎の相手を指名するのでありました。あゆみは木刀を持って道場中央で万太郎と対峙するのでありましたが、何故かその姿からはどこかしら、この試合に及び腰であるような気配が万太郎には窺えるのでありました。
 お互いに正眼の構えから、動きの機を創ろうと万太郎が先に一足間合いをつめるのでありました。あゆみは切っ先を万太郎の首に向けた儘で全く動かないのでありました。
 あゆみ程になると相手の仕かけなんぞには妄りに反応しないと云う事でありましょうが、しかし何となく自分の首に向いているあゆみの木刀の先端からは、何時もの迸るような気迫が感じられないのでありました。万太郎が訝しく思ってやや大きく一歩を踏み出すと、あゆみの木刀と万太郎の木刀の横手の辺りが軽く触れあうのでありました。
 それでもあゆみは動かないのでありました。触れた部分からもあゆみの気概も、狙っているのかも知れない秘策の予兆も万太郎には伝わらないのであります。
 万太郎は左手の握りを固くしてあゆみの首への狙いがぶれないように気勢を高めながら、なおもつめ寄るのでありました。鎬を接した儘、木刀は万太郎のごくゆっくりとした前進で物打ちの辺りまで交わるのでありましたが、それでもあゆみが迫ってくる切っ先にやや嫌悪を示すのみで、全く動こうとしないのは一体どうした了見なのでありましょうか。
 刀身の接触が半ばまで深まると、あゆみはやや顎を出して顔を後ろに逃がすような素ぶりをするのでありました。その分、構えに微妙な崩れが起こるのでありました。
 漸進して行った万太郎の木刀の切っ先はあゆみの首筋から離れないのでありましたが、構えが崩れた分、あゆみの切っ先は万太郎の正中線上から微妙に逃げるのでありました。もうこの時点でこの勝負はついたようなものと云えるでありましょう。
 しかし万太郎はあゆみの力量からしても、ここで油断をすると屹度斬り返されるであろうと思うのでありました。それでも相変わらずあゆみの持つ木刀からは、不思議にもそう云ったような気魂がまるっきり伝わってはこないのではありましたが。
 万太郎はあゆみの木刀を左へ強く払うのでありました。あゆみはその勢いに負けて木刀を脇に泳がせて数歩下がるのでありました。
 空かさず万太郎は上段にふり被ってあゆみの頭頂目がけて木刀をふり下ろすのでありました。万太郎の木刀の物打ちがあゆみの頭の一寸上でピタリと止まるのでありました。
「それまで!」
 鳥枝範士の声が響くのでありました。木刀を左手に納めたあゆみが中央から退いて来ると、寄敷範士が声をかけるのでありました。
「何だあゆみ、折野の剣勢にまるで居竦んだようだったな」
「向いあった途端に、すっかり蛇に睨まれた蛙になって仕舞いました」
「よし、それなら今度は私が相手をして貰おう」
 寄敷範士は木刀を左手から抜き放ちながら、万太郎の立っている道場中央に進むのでありました。何やら勝ち抜き戦みたいな様相になってきたなと万太郎は些かげんなりするのでありましたが、しかしここで怯むわけにはいかないのでありました。
(続)
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