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お前の番だ! 337 [お前の番だ! 12 創作]

 是路総士もあゆみも、それに万太郎と来間も夫々の部屋に引き取った時にはもう四更を過ぎているのでありました。来間はこれから寝ると返って朝が辛いと云うので、本でも読んで起きている心算のようのでありますが、万太郎は布団に体を横たえたら瞬く間に、いや瞬く暇もあらばこそ、すぐに睡魔に眠りの底に引き摺りこまれて仕舞うのでありました。

 日が昇ると件の六人は寝不足に目を腫らして、食堂と居間に分かれて揃って朝食を摂るのでありました。突然舞いこんだ興堂範士の訃報の冷めやらぬ衝撃と、それに寝不足とが、一同の咀嚼以外の口の動きを重くさせているのでありました。
「さて、十時からの午前稽古が始まるまでには未だかなり時間があるから、丁度良い折、一丁この六人だけで剣術の稽古でもやるか」
 食事を終えた鳥枝範士が箸を置いて両手を合わせた後、眠気の残滓を払底するためにか、そんな事を急に提案するのでありました。
「しかし食事の後片づけや庭の掃除、それから稽古準備のための仕事がこれから僕等にはありますので、とてもそんな時間はありません」
 万太郎が鳥枝範士の提案に躊躇いを見せるのでありました。
「準内弟子のヤツ等は何時に道場に現れるのだ?」
 鳥枝範士は万太郎の顔を見据えて訊くのでありました。
「押忍。八時半に三人やって来ます」
「それなら掃除だの何だのはそいつ等にやらせれば済む」
「まあ、折角の折だ、今日は母屋の掃除も庭掃除も免除と云う事にしても良いな」
 是路総士がそんな事を云い出すのでありました。依って洗い物が片づくと早速稽古着に着替えて六人は道場の方に集まるのでありましたが、考えてみたら三範士と内弟子だけで稽古をするのは今まで殆どなかったように万太郎は思い返すのでありました。
 夜の内弟子稽古でも三範士が揃う事はないのでありました。ひょんな事から、これは非常に貴重な稽古が出来ると万太郎は思わず心躍るのでありました。
 興堂範士の急逝と云う重苦しい事実はあるにしろ、ここは一旦気分を変えて、降って湧いたようなこの貴重な稽古に大いに意欲を沸かせても、興堂範士の上天に対して強ち敬意を失すると云う事ではないでありましょう。寧ろ興堂範士は稽古に対して何があっても積極的である万太郎を、褒めてくれるのではないかと思われるのであります。
 この稽古が始まって暫くすると、準内弟子のジョージと片倉と狭間が道場にやって来るのでありました。三人は、何時も誰か居る筈の受付兼内弟子控え室に人の気配がなく、忙し気に朝仕事に精を出している万太郎とあゆみと来間の姿も見当たらないけれど、道場の方から気合の声と木刀のかちあう音が響いているのを訝しく思って、恐る々々廊下に面した窓の隅から、三人の顔を微妙にずらし重ねて中の様子を窺い見るのでありました。
 その様子に気づいた万太郎が近寄って来ると、三人は戸惑ったような顔で屈めていた身を伸ばして、窓越しに万太郎に向かって気後れ気味のお辞儀をするのでありました。
「今日はもう稽古が始まっているのでしょうか?」
(続)
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