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お前の番だ! 327 [お前の番だ! 11 創作]

 万太郎とあゆみは仙川駅近くの、線路を跨ぐ橋を渡った先にある喫茶店に入るのでありました。もうほんの少し歩けば甲州街道に出る辺りでありました。
「何かほっとしたら、すっかり力が抜けちゃったみたいよ」
 ケーキとコーヒーを待つ間にあゆみがそう話しかけるのでありました。
「どうしたものか、当事者でもない僕も今、妙に気抜けしています」
 そう応える万太郎はどことなくこのゴタゴタを経過した後のあゆみの面貌が、何時もと違って妙に艶めいて見えるのでありました。あゆみの顔には特段の変化はないようでありましたが、そうなると自分の目の具合でそう見えると云う事になるでありましょうか。
 これは一体どう云った按配の我が眼球の状態であろうかと、万太郎は目を何度か瞬かせるのでありましたが、目の機能には別に異常はないようでありました。と云う事は、目のそのまた奥にある、脳ミソの表面に何やらの変化が起こったと云う事でありましょうか。
「万ちゃん、目の調子でも悪いの?」
 あゆみが心配そうな表情をして顔を近づけるのでありました。
「いや、そう云うわけではないのですが。・・・」
 万太郎はそう云いながら近づいて来るあゆみの顔に何故かたじろいで、ゆるゆると遠のくように上体を背凭れの方に引くのでありました。あゆみは近づけた顔をその位置に固定して、万太郎の目の様子を観察するようにじっと見入っているのでありました。
 万太郎は何となく気恥ずかしくなってきてあゆみの目から視線を逸らすと、運ばれて来たコーヒーにミルクを加えてスプーンでやや乱暴に掻き回すのでありました。深みのある墨茶色の半透明の液体の表面に白い渦巻模様が揺らめいて、それがすぐに馴染んで仕舞うと、コーヒーは狐色の全く不透明な液体に変化しているのでありました。
「万ちゃん、何時もはコーヒーにミルクなんか入れたっけ?」
 あゆみが万太郎のスプーンを持った手元を見ながら訊くのでありました。
「気が緩んだせいか、ちょっと気紛れをしたくなって入れてみたのです」
「ふうん。万ちゃんがコーヒーにミルクを入れるのは、初めて見るような気がするわ」
「ああそうですかねえ」
 万太郎はスプーンを受け皿に置きながら云うのでありました。「それよりも、ちょっとお訊きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうかね?」
「何? 別に構わないわよ」
 あゆみはそう云いながらレアチーズケーキを一口頬張るのでありました。
「先ず、先程の三先生との話しあいの最後の辺りで、折角将来の話しが出たので、この際だからあゆみさんの考えを、・・・とか云うような事を喋り始められましたが、あれは常勝流の宗家を継ぐ気がないと、そう云うお気持ちを表明されようとしたのでしょうかね?」
「そう。その通りよ。でもお父さんに止められたけれどね」
「あゆみさんは本当に宗家を継ぐご意志がないのですか?」
「これはあたしの勝手で決められる程簡単な問題じゃないかも知れないけど、でもあたしとしては出来ればそれは勘弁して欲しいって思っているのよ」
(続)
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