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お前の番だ! 325 [お前の番だ! 11 創作]

「確かに道分先生の事ですから、これは前の私の言と矛盾するかも知れませんが、そう滅多な事はされない、と云う風にも思いますけれど。・・・」
 寄敷範士はそう云って口を引き結んで、眉間の皺を深くするのでありました。あの興堂範士の事だから何をしてくるか判らない、と云うある種の懸念も寄敷範士の確かな思いでありましょうし、あの興堂範士の事だからそう滅多な事はしないだろう、と云う彼の人に対する信頼感も、これもまた寄敷範士の確かな思いには違いないのでありましょう。
「まあ、私の立場に対しては道分さんも憚りがおありでしょうし」
 是路総士はあくまでも楽観的なのでありました。
「しかし総士先生に対してはそうであっても、まあ、こんな事を今から云うのも何ですが、総士先生の次の代に対しては、道分先生はもうどのような憚りもないでしょう」
 鳥枝範士がそんな指摘をするのでありました。
「それはそうかも知れませんな。順番からすると私の方が道分さんよりは早く、この世とおさらばする事になりましょうからね」
 是路総士はそう云って笑むのでありました。「しかし道分さんは義理堅い人ですから、それでもあの世の私に義理立てしてくれると、そう私は思いますよ」
「それでも威治の代になれば、それもなくなります。威治は今度の事で、大いに面目を潰した事になりますから、逆にこちらに対して攻撃的になるやも知れませんぞ。その頃になるとワシも寄敷さんも、もう総本部を後見出来るかどうか怪しいでしょうから、あゆみに威治の矛先が向く事になります。となると、威治は何を仕出かすか判ったものじゃない」
「まあ、あゆみがこの道場と私の跡目を継ぐとなったら、の話しですがね」
 是路総士はそう云った後であゆみの方に顔を向けるのでありました。あゆみは特に言葉を発せずに、是路道士の顔を気後れしたような目で見返すのでありました。
 是路総士は恐らくあゆみが常勝流宗家を継ぐ事に対して、大いに及び腰であるのを判っているでありましょう。それはあゆみに前にはっきりと云われたのかも知れないし、日常のあゆみの口ぶりから、気配としてそう感づいていると云うだけなのかも知れませんが。
 何時だったか、もう大分前になりますが、あゆみは自分にそういった心根を打ち明けた事があったのを万太郎は思い出すのでありました。それは確か何かの用事で興堂派道場に二人で向かうために、御茶ノ水駅から近辺を緩々歩いていた時でありましたか。
「あゆみのためにも、そう云った憂いは早々に掃っておきたいとワシは考えます」
 鳥枝範士もあゆみに目を遣るのでありました。もうすっかりあゆみが常勝流の跡目を継ぐものと決めてかかっているその目を持て余すように、あゆみは俯くのでありました。
「あのう、そのご懸念には、及ばないでしょう、多分」
 万太郎が座敷の隅の方から突然そう呑気そうに声を上げるのでありました。卓を囲んでいる皆の視線が万太郎に一斉に向くのでありました。
「ほう、折野はどう思っているのかちょっと話してみろ」
 是路総士が万太郎の発言を許すのでありました。
「神保町の若先生が、万事に於いてあゆみさんに敵うわけがありませんから」
(続)
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