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お前の番だ! 323 [お前の番だ! 11 創作]

「おや、誰もお連れにならないので?」
「そうですな。花司馬も板場も堂下も忙しくしておりますから、今回はワシ一人で行ってきますわい。なあに、ハワイは何度も行っておりますからワシも慣れたものです。それに向うでは、出迎えから宿泊の手配まですっかり調えてくれとるようですからのう。偶には一人で気楽にやんちゃな旅行が出来るのを、実はワシは楽しみにしておるのですわい」
「ああそうですか。それはどうぞお気をつけて」
 是路総士は笑って見せるのでありました。この時には、これが興堂範士との今生の別れになろうとは、その場に居る誰もが思いだにしてはいないのでありましたが。・・・

 興堂範士が帰った後の師範控えの間の中には、妙に弛緩した空気が泥んでいるのでありました。興堂範士は、嵐のように総本部の師範控えの間に現れて、嵐のように去って行ったと云ったと云った按配で、何やら昔のテレビドラマの活劇みたいでありました。
「さて、休みにも関わらず折角お二人にもお越し願ったのですが、まあ、こんな風にあっさり片づいて仕舞って、何やら無駄足をさせたような具合になりましたなあ」
 是路総士が鳥枝範士と寄敷範士に向かって頭を下げながら云うのでありました。
「いやいや総士先生、そんな事はお気になさらないでください。それより何より、拍子抜けするくらいの速さで、あっと云う間に懸案が一先ず片づいたのですから、これは重畳と云うべきところでしょうなあ。あゆみもほっとしただろう?」
 鳥枝範士があゆみの方に目を向けるのでありました。
「ええ、まあ。・・・」
 あゆみは気抜けしたような顔で鳥枝範士を見返すのでありました。それは別に威治教士との縁談がご破算になったのを落胆しているのではなく、これまであれこれ思い悩んだり不愉快に思った事が、一挙に霧消した虚脱感からであるのは云うまでもない事であります。
「ところで、実のところ、あゆみはこれぞと見こんだ誰か意中の人とかいないのか?」
 鳥枝範士が何となく弛んだ心根が口を軽くするのか、そんな事を訊くのでありました。訊かれたあゆみは恥ずかし気に鳥枝範士を見返すのみで、何も応えないのでありました。
「おや、別に否定しないところを見ると、いない事もない、と云うところかな?」
 寄敷範士が口元に笑いを湛えて訊き重ねるのでありました。その問いにも、あゆみは意趣有り気な笑いを返すだけしかしないのでありました。
「若しそんな男がいるのなら、話しておいてくれよ。あゆみの結婚話しにはお前さんの気持ちがどうのこうのだけじゃなくて、常勝流一門の将来が関わって仕舞うんだからな」
 鳥枝範士が口元の笑いを消して、念を押すように云うのでありました。それに対してもあゆみは愛想の笑いは返すものの、小さく頷くだけで言葉を発しないのでありました。
 このあゆみのあくまでも無言を貫く了見はどのような思いに根差しての事なのやらと、万太郎は傍で三人の問答を聞きながら考えるのでありました。確かに意中の人がいるためにあゆみは敢えて否定の言葉を口に出さないのかも知れないし、それとも鳥枝範士の質問や寄敷範士の追及が単に煩わしいので、態々返事をしないのかも知れないのであります。
(続)
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