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お前の番だ! 320 [お前の番だ! 11 創作]

「はい、そうですわい」
 興堂範士は頷くのでありましたが、悪びれたような風情は特にないのでありました。
「それはまた、昨日の今日と云うのに、と云った風ですな」
「いや実は、話しをしておる最中から、あゆみちゃんの顔を見ていたら、これは全く以って頓珍漢な申し出をしておるなと気づいてはおったのですわい。まあ、威治に頼まれてほんの親心でワシの口から二人の縁談を持ちこんだのですがな、あゆみちゃんは威治の事をそう云う対象として見る目は、端から持ちあわせないとすぐに知れたのですわい」
 興堂範士はあゆみの方に温顔を向けるのでありました。「のう、あゆみちゃん」
 そう云われてあゆみは顔を伏せるのでありました。これはあの時、思わず知らず己の気持ちを興堂範士に簡単に読まれて仕舞った武道家としての不覚を恥じる思いと、そう云われて何やら急に、興堂範士に申しわけないような心持ちに駆られためでありましょう。
「それに、なかった事にしてほしいと云うのは、あゆみちゃんの方に不足があるとか、そんな理由では決してなくて、ですな、偏にワシの不覚から的外れなお願いだったと気づいたからなのですわい。実はワシはあゆみちゃんが威治の嫁になってくれるのなら、こんな結構な事はないと云う思いは今でもあるのですがな、まあこれは当方の勝手な願望でありまして、あゆみちゃんにその気がないのだからこれはもう諦めるより他ないのですわい」
 流石に興堂範士はこの間のあゆみと威治教士の間の経緯や状況に疎くても、ほんの一瞬でほぼすべてを過たず察知して仕舞ったようであります。興堂範士が更に凄いのは、それを察知したらなら、事態が動く前にすぐさま修復のための行動をとるところであります。
 この辺りの敏捷さが武道に於いても遺憾なく発揮されるから、是路総士と比肩出来るところまでの上達を得たのでありましょう。そればかりではなく、人間的な信頼感とか魅力とかをも大いに勝ち得て、多彩な人士に持て囃されるその所以でもあるのでありましょう。
「あゆみちゃん、余計な気煩いをさせて仕舞って済まなかったのう」
 興堂範士はあゆみに頭を下げて見せるのでありました。
「いえ、そんな。・・・」
 あゆみも慌てて興堂範士に恐懼のお辞儀を返すのでありあました。しかしその眉宇には何とも云えぬ安堵の色が浮いているのを、万太郎はちゃんと見取るのでありました。
「それにあにさんや鳥枝君や寄敷君、それに折野君に対しても、ワシの無神経を謝らなければならんじゃろうのう。ワシが突然威治とあゆみちゃんの縁談話しを切り出したものだから、屹度要らぬ疑心暗鬼を呼び起こして仕舞っただろうからのう」
 興堂範士は名前を云った夫々の顔を順番に見て、矢張り低頭するのでありました。万太郎は自分まで名指しされたのを畏れ多く思うのでありましたが、これは万太郎が総本部の運営の一端に与っている事を承知しているための、興堂範士の気遣いでありましょう。
 興堂範士の云う疑心暗鬼とは、興堂範士が現れるまで師範控えの間で話されていた、常勝流の跡目を興堂範士が狙っているのではないかと云う問題でありましょう。威治教士とあゆみが結婚すればそう云った小難しい問題も出来するのは当然でありますから。
「ワシは単なる親馬鹿であの申し出をした迄で、他の魂胆なんぞは一切有りませんわい」
(続)
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