So-net無料ブログ作成

お前の番だ! 316 [お前の番だ! 11 創作]

「で、ありますからな、・・・」
 是路総士は続けるのでありました。「是路の名前が常勝流の歴史から消えようがどうしようが、私はあんまり未練を有しておりませんよ、実のところは」
「いいや、いけません!」
 鳥枝範士が断固として云い放つのでありました。「若し是路家から他家に道統が移るとすれば、それは常勝流の輝かしい伝統の断絶、延いては技法の大いなる乱れとなります」
 鳥枝範士のただならぬ剣幕に是路総士は苦笑を返すのみでありました。
「しかし道分先生はどう云う了見で、今この話しを持ってきたのでしょうかなあ?」
 寄敷範士が舳先の向きをやや修正するのでありました。
「そこなんだが、あの道分先生の事だから単に息子に懇願されて親心で、なんと云うわけではなかろう。屹度他に何やらの魂胆があっての事と思う方が自然だろう」
 鳥枝範士は寄敷範士に応えるのでありました。あゆみがもう一度万太郎の方に目を遣るのは、これも万太郎と会話した点と符合するものがあるからでありましょう。
「つまり威治君とあゆみを結婚させて、常勝流の正統を自分の派に吸収しようとしていると云う風に、鳥枝さんは考えるのかな?」
「まあそうだが、しかし道分先生ともあろう人がそんな、すぐにこちらの警戒を呼び起こすような、如何にもあっけらかんとした手管を実行するとは思えないところもある」
「しかし道統を継承すべき総士先生の一子が一人娘のあゆみで、今おっしゃられたような総士先生の腹心算も何となく雰囲気から判っていて、しかも威治と云う男の跡継ぎが自分の方にあるとすれば、常勝流の将来と云う辺りを真剣に訴えかければ条件的には好都合と踏んだから、道分先生は案外直截な申し出をしてきたのかも知れない」
「確かに武道流派の跡継ぎとしては、一般的に情勢としては男の方が有利ではある」
 鳥枝範士が腕組みをして難しそうな顔で頷くのでありました。
「しかし、本当に単なる親心、と云う事だってありますよ」
 是路総士が柔和な表情を浮かべて云うのでありました。「道分さんはなかなか遣り手だと思われているから、何かと腹中を勘繰られる事も多いが、存外考え方は簡素な人ですよ」
「いやしかし、威治とあゆみの結婚話しとなると、それを道分先生の方から申し出るとなれば色々憶測を呼ぶだろう事は当然考えられますから、本当に単なる親心と云うだけで邪念が何もないとしてもですよ、そこは尚更何がしかの配慮があって然るべきでしょうよ。態々こちらの反発を呼び起こすような、粗雑で無神経な話しの持って行き方ではなくて」
 話しの推移が常勝流の継承問題ばかりでなかなか当の自分への諮問がないためか、あゆみは仏頂面でやや俯いて、座卓の角の一点に視線を落としているのでありました。そんなあゆみの苛々顔に絆されて、今までずっと黙っていた万太郎が声を上げるのでありました。
「あのう、僕如きが口を差し挟むのも何ですが、あゆみさんが神保町の若先生と結婚する意志がないとおっしゃっているのですから、それで殆ど解決ではないでしょうか?」
 満座の視線が万太郎に集まるのでありました。あゆみの表情が我が意を得たり、と云った風に綻ぶのを万太郎は目の端で捉えているのでありました。
(続)
nice!(12)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0