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お前の番だ! 309 [お前の番だ! 11 創作]

「確かに、あの話しが出てから急に無愛想になったかしらね、あたし」
 あゆみはそう云ってクラッカーを摘み上げるのでありました。
「玄関でのお見送りの時なんか、ものの見事に愛嬌の欠片もないと云う風でしたよ」
「そりゃあ、愛嬌も何もなくなるわよ、あんな申し出の後では」
 その云い草からしてもあゆみは心底げんなりしたのでありましょう。あゆみがほんの少しも威治教士に靡いている様子がない事に、万太郎は何故か安堵するのでありました。
「確かにね、道分先生の手前もあるからもう少しくらいは愛想良くしろ、なんてお父さんに云われはしたわ。でもそう云うお父さんの顔には、苦笑いが浮かんでいたけどね」
「結局総士先生も、この話しに乗り気にはなっていらっしゃらないのでしょうかね?」
「で、ね、あたしお父さんに呼ばれて控えの間に行ったら、お父さんは全くの無表情で、つまり何の感情も目に浮かべないで至極事務的に、あたしに、この話しをお前は正直どう受け止めたのか、って訊くのよ。正真正銘、ただ質問しているって感じよ」
 あゆみは順序立てて話そうとしてか、落ち着いた風に物腰を改めるのでありました。「あたしは、あんまり嬉しくない、なんて云ったの。そうしたらお父さんは、ああそうか、って云って頷くわけよ。その後にちょっと間があって、さっきの、もう少しくらい愛想良くしろ、って言葉が続いたのよ。でも特段咎めているような風でもなかったけどね」
「要するに総士先生も、お困りになられたのでしょうね?」
「そうね。あたしはそう思ったわ」
 あゆみはそこで冷めて仕舞ったコーヒーを一口飲んでから、クラッカーをまた一枚摘むのでありました。それから急に気づいたようにその一枚を万太郎の方に少し翳して見せるのは、お前も食うかと仕草で問うているのでありましょう。
 万太郎はゆっくり首を横に二度程ふるのでありました。あゆみはその万太郎の無声の返事を見て、一つ頷いた後にそのクラッカーを自分の口に放りこむのでありました。
「あゆみさん、そんな物じゃなくて、カレーが未だ余っていますから、それでちゃんとご飯を食べた方が良いのじゃないですか?」
 あゆみが余程腹が減っているように思えたので万太郎はそう訊くのでありました。
「うん。でもカレーとなるとちょっと重たいかな」
 あゆみはそう応えてもう一枚クラッカーを口に入れて、微弱ながら閉じた唇の内でくぐもってはいるものの、小気味の良い音を一回響かせてそれを噛み割るのでありました。
「それで、あゆみさんが、あんまり嬉しくない、と返事した後、その言葉を受けて総士先生はどう云われたのですかね?」
 万太郎は道草を切り上げて、話しを元に戻すのでありました。
「お父さんも、あの唐突な申し出には、実はちょっと困ったと思ったんだって」
「矢張りそうですか。ま、そうでしょうね」
「一つは、娘をあの威治さんの嫁にするのは大いに躊躇いがあると云う点と、それから別派の跡継ぎが総本部の一人娘を嫁に貰うと云う事が、つまり常勝流にとってどう云う意味を持つのかと云う、微妙で煩わしそうな問題がありそうな点で困ったらしいのよ」
(続)
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