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お前の番だ! 306 [お前の番だ! 11 創作]

 そんなあゆみを見る威治教士の目には、このあゆみの様子が単に羞恥からだけなのか、それともそうではなくて迷惑さの勝った困惑からなのか見極めようと、必死に食いつくような色が浮かんでいるのでありました。勿論あゆみは威治教士とは極力目をあわせないようにして、失礼に映らないくらいの角度でそっぽを向いているのみでありました。
「そいじゃああゆみちゃん、今日の話し、真剣に考えておいておくれ」
 そんなあゆみに興堂範士が話しかけると、あゆみは後ろから不意に軽く叩かれた時のように肩をピクンと小さく揺するのでありました。
「はい。・・・」
 あゆみは必要以上に返事の言葉を発しないのでありましたし、それは弾んだ語調では全くないのでありました。万太郎はその声であゆみの窮状に同情するのでありましたが、尤もそれはあくまでも、万太郎の推論の上に存在する窮状でしかないのでありましたけれど。
 興堂範士と威治教士が去って後、間を置かず寄敷範士が帰宅の途につき、準内弟子の片倉とジョージも食事の後片づけを終えると、家に帰るために道場を退去するのでありました。是路総士はと云えば、未だ用があるのか一人で控えの間に居残るのでありました。
 是路総士は風呂を勧めにきた万太郎に、あゆみを呼ぶように云いつけるのでありました。万太郎は先程のあゆみの中座した無礼を叱るために呼びつけるのだろうかと思うのでありましたが、しかし是路総士の顔には特段怒気の翳が浸み出してはいないのでありました。
 あゆみは母屋の食堂には居ないのでありました。どうやらあゆみは、その日は竟に夕食を摂らないつもりのようでありました。
「あのう、総士先生が師範控えの間にお呼びですが」
 万太郎はあゆみの部屋まで行って、またも障子戸越しに呼びかけるのでありました。
「判ったわ。今行きます」
 あゆみのそんな陰鬱そうな返事が返るまでに少しの間が空くのは、先ず聞こえないように溜息をついてから応えたためであろうかと万太郎は推量するのでありました。
「折野先生、コーヒーでも淹れましょうか?」
 食堂に戻った万太郎に来間が話しかけるのでありました。
「そうだな、じゃあ、淹れて貰おうか」
「あゆみ先生の様子がいつもと違って変でしたが、何かあったのですか?」
 来間はコーヒー豆をミルで細挽きに粉砕しながら訊くのでありました。
「何があったのかは判らないが、確かに控えの間に行ってから急に元気がなくなったな」
 万太郎は面倒臭さもあって、自分の推論を来間に話すのを控えるのでありました。
「あんな無愛想な顔のあゆみ先生を見たのは、内弟子になって以来初めてですよ」
 豆を挽き終わった来間が、それをコーヒーメーカーにセットして水を注いでスイッチを入れると、間もなく香ばしい湯気が俄に食堂に広がるのでありました。
「気になるなら、何があったのか、お前後で直接あゆみさんに訊いてみろ」
「いやあ、自分にはあゆみ先生にそんな不謹慎な事を訊く勇気はありませんよ」
 来間はたじろいで顔の前でせわしなく片手を横にふるのでありました。
(続)
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