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お前の番だ! 305 [お前の番だ! 11 創作]

「失礼します。茶を持って参りました」
 万太郎はそう云って障子戸を開けるのでありました。
「いやあ、それならウチの剣術の指導も来月から復活と云う事でよろしいですかな。門下生達もあにさんの剣術稽古再開を待望しておりましたので、朗報を持って帰れますわい」
 この興堂範士の言葉は、それまで中で話されていたのであろう、是路総士の興堂派道場への出張指導再開の話題の続きでありましょう。
「はい、結構です。私もまた神保町に伺えるのを楽しみにしておりますよ」
 是路総士はそう云って万太郎が前に置いた茶を早速手に取るのでありました。
「あにさんの出張指導が再び始まったら、折野君も助手として来る機会もあろうのう」
 興堂範士も万太郎が前に置いた茶をすぐに取るのでありました。「あにさんが病院に入院して以来、それまでずっと続いていたウチへの折野君の出稽古も、沙汰止みとなってしまっておったからのう。ワシばかりではなくウチの門弟共も、折野君か来ないのを寂しがっておったわい。折野君はウチの門弟の間でも評判が慎に良いからのう」
「押忍。有難うございます」
 万太郎は威治教士と寄敷範士の前に茶を置き終わってから返事するのでありました。
「いやな、来月から私の興堂派道場への出張指導を、また始めようと云う話しだよ」
 是路総士がそれまで話されていた話題を改めて万太郎に説明するのでありました。
「ああそうですか。そう云う事なら、喜んで助手として伺わせていただきます」
 大凡の話しの見当は既についていたのでありましたが、万太郎は是路総士の態々の説明を尊んで、ようやく事情を呑みこんだと云った顔で応えるのでありました。
「まあしかし、折野君はこちらの運営面も指導の面も、今では中心的に担っておるようじゃから、前みたいな頻繁なウチへの出稽古は忙しくてなかなか出来んじゃろうなあ」
「押忍。そうですねえ。ちょっと今は無理かと思います。残念でありますけれど」
「折野がこの間よくやってくれたからか、入門者も前に比べれば増えていますよ」
 是路総士が万太郎を持ち上げるのでありました。
「それは結構ですなあ。折野君は人に悪感情を抱かせない武徳が備わっておるようじゃ」
 興堂範士も是路総士に倣うのでありました。
「押忍。とんでもありません」
 万太郎は消えも入りそうな声で云って興堂範士に向かってお辞儀するのでありました。頭を起こす時に興堂範士の横に座っている威治教士の、万太郎如きの事なんぞは如何にも興味がないと云いたいような興醒め顔が、ちらと万太郎の目の端に映るのでありました。
「それじゃあ、あにさん、ワシ等は今日のところはこれにて失礼仕りますわい」
 興堂範士はそう云って碗を卓上の漆器の茶碗受けに置いて立つのでありました。横の威治教士も興堂範士にやや遅れて腰を上げるのでありました。
 玄関では是路総士の配慮から部屋に引っこんでいたあゆみも呼ばれて、総本部道場に居る者総出で興堂範士と威治教士を見送るのでありました。あゆみは万太郎のすぐ後ろに身を隠すような風情で立って、無表情に帰る二人にお頭を下げるのでありました。
(続)
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