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お前の番だ! 268 [お前の番だ! 9 創作]

 威治教士がそのような挙に出たらどうあしらえば良いのか、万太郎は気が重いのでありました。威治教士は考えもなく平気でそんな事をやらかす人でありますし。
 こんな時、是路総士が見所に座っていてくれたら有難いのだがと万太郎は思うのでありました。しかし実は、こんな場合に一人で無難に事を切りぬけるだけの威と力量と手際を、是路総士から試されているのかも知れないと万太郎は思い直すのでありました。
 万太郎としては普段通りに稽古を主導すれば良いのであります。何か問題が起きたら、その時はその時で一番適切と思われるやり方で切りぬけるしかないでありましょう。
「神前に、礼!」
 万太郎が道場の中央に座ると、静まり返った道場に響き渡る声で来間が下座隅から号令をかけるのでありました。神前への礼の後に下座に向き直った万太郎は横隊に居並ぶ門下生よりやや前で、あゆみと並んで正坐している威治教士を目の端で見るのでありました。
「先生に、礼!」
 来間の号令で全員が「押忍」と発声して万太郎に座礼するのでありました。万太郎は全員との礼の後で、あゆみと威治教士の方に体を向けて改めて一礼するのでありました。
「今日は神保町の興堂派道場から若先生がお見えになっているので、普段一般門下生の皆さんは他派の技を体験する機会がありませんが、丁度良い折ですから皆さん、日頃総本部で稽古している技とは少し違う理合を体験してみてくださいください」
 万太郎は稽古に先立って下座の門下生にそう云うのでありました。これは威治教士の稽古参加を歓迎すると云う表明であると伴に、何時もとは異なった理を威治教士が教えたとしても混乱する事なく、威治教士の顔を立ててそこは一応素直に、その指導を聞いておくようにと云う、云ってみれば稽古を滞らせないための予防線的言辞でもありました。
「では何時ものように二人組んで、基本動作と基本打ちこみから各個に始めてください」
 万太郎がそう指示すると門下生達は「押忍」と声を揃えてから、道場一杯に広がって夫々に稽古を始めるのでありました。万太郎は門下生達の間を回りながら指導を開始するのでありましたが、あゆみは道場隅で何やら威治教士と立ち話しをしているのでありました。
 威治教士があゆみに総本部道場での一般門下生稽古の様子とか要領とかを訊いているのでありましょうか。あゆみは早く指導に回りたそうな素ぶりでありますが、威治教士がそれを引き留めてあれこれと質問を重ねていると云った風情であります。
「あゆみ先生、巡回をお願いします」
 丁度傍に来た折に万太郎はあゆみにそう云って一礼するのでありました。
「押忍。判りました」
 あゆみがそう云って万太郎の方に少し頭を傾けるのでありました。「では、あたしは巡回しますので、威治先生も門下生に不備なところがあったら指導をよろしくお願いします」
 あゆみがそこを去る時にちらと万太郎と目があうのでありました。あゆみの目は、良いところに来てくれて助かった、と万太郎に語っているように見受けられるのでありました。
「若先生も巡回をよろしくお願いいたします」
 万太郎は威治教士にも一礼するのでありました。
(続)
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