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お前の番だ! 259 [お前の番だ! 9 創作]

「そうか。鳥枝さんもお前達が意外に頼りになる、なんと云ってと褒めていた」
 是路総士は万太郎を満足そうな目で見るのでありました。万太郎はそんな目で見られると何とも面映ゆくなって、笑みを溜めた顔を竟俯けて仕舞うのでありました。
 あゆみが院長と担当医、それから看護婦長を連れて病室に戻って来るのでありました。
「いよいよ退院ですな。お見送りに参上しました」
 院長は是路総士に笑いかけるのでありました。
「一月後に来院ください。そこで手術部位の最終検査をします」
 四十代くらいの担当医が後に云い添えるのでありました。
「いやどうも、大変お世話になりました。お陰様ですっかり元に戻りました」
 是路総士が頭を下げるのでありました。一緒に寄敷範士もあゆみも万太郎も、夫々の位置で院長と担当医と婦長に低頭するのでありました。
「何時も、もの静かでニコニコされていて、あれこれ駄々もこねたりしない非常に良い入院患者さんだと、看護婦の間でもなかなかの評判でしたよ」
 婦長が是路総士の入院中の有り様を褒めるのでありました。「まあ、少しやんちゃなところも、一度お見受けしましたがね」
 このやんちゃなところ、と云うのは、ひょっとしたら興堂範士がお見舞いの果物篭に忍ばせて秘密裏に持ってきた酒瓶が、隠蔽に失敗して看護婦にでも見つかって仕舞った事の、遠回しの当て擦りの言であろうかと万太郎は思うのでありました。その辺の詳しい経緯は万太郎は何も聞いていないのでありましたが、考えられるとしたらそれでありましょうか。
「いやどうも、面目ない次第で」
 是路総士は婦長に向かって何ともばつの悪そうな笑いをしてから、なかなか愛嬌のある仕草で頭を掻いて見せるのでありました。婦長はその是路総士の仕草を見ながら口に手を当てて声を立てずに、肩だけを小刻みに揺すって笑うのでありました。
 院長と担当医と婦長は、病院の玄関まで一緒に来て見送ってくれるのでありました。三人は建物の正面出入り口の前に立って、タクシーの中から手をふる是路総士に何時までも手をふり返してくれているのでありました。
「ようやく家に帰れるな」
 是路総士はタクシーの中でさも嬉しそうに云うのでありました。是路総士にとっては、道場の汗や埃の匂いから遠ざかっていた事が何より寂しかったのでありましょう。
 その日は定休日だと云うのに、調布の道場玄関前には内弟子の来間と準内弟子の顔が殆ど揃って、是路総士の帰宅を待っているのでありました。タクシーが道場の門前に止まってドアが開くと、横隊に並んだ連中は「押忍」と声を揃えて低頭するのでありました。
「やあ、皆には色々心配をかけたな」
 来間に手を添えられて車を降りた是路総士は、背を伸ばして彼等に丁寧な立礼をするのでありました。すぐにもう一度「押忍」の和唱が是路総士に返されるのでありました。
 玄関上り口の廊下には大岸先生が、鳥枝範士と並んで座って是路総士を迎えるのでありました。是路総士は二人にも丁重な立礼をするのでありました。
(続)
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