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お前の番だ! 257 [お前の番だ! 9 創作]

 ただ、万太郎にはこの試合形式の稽古を重ねていく内に、形そのものへの認識が変容して仕舞うのではないかと云う危惧があるのでありました。古武道である以上、そこで培われた剣術の形は常勝流太刀操法の精髄と云えるものであります。
 試合と云うのは勝ちを取るために臨機応変を求められ、それは身体運動上の効率を最優先にして動くものであります。一方、形にはそう云った効率の観点から見れば疑問に思われるような動きが間々含有されていているものであります。
 その場の勝負に勝つために、若し古武道常勝流の精髄たる形を軽視する感性が知らず知らずに養われて仕舞えば、それは結局、巷間行われている竹刀剣道とあまり変わらないものとなって仕舞うでありましょう。防具と通常の竹刀か袋竹刀かの違いはあるにしろ。
 組形稽古と乱稽古の両立は、特に乱稽古の比重を増やそうとする場合には、余程心しておかなければならない古武道修行者の課題だと云えるでありましょう。稽古を主導するあゆみと万太郎には、その辺りをしっかり踏まえておくべき責務があると云うものでありますし、これは引いて云えば剣術だけに限らず、体術に於いても同じでありましょう。
 ここは何時か、あゆみとじっくり話しておくべきところであります。来間の突きを往なしてその小手を手厳しく袋竹刀で打ちながら、万太郎はそんな事を考えるのでありました。

 その日は朝から道場が、何時になく慌ただしい気配に包まれているのでありました。と云うのは二週間の入院を終えて、是路総士が家に帰って来るからでありました。
「おい折野、俺と一緒に総士先生を病院にお迎えに行くのは誰だ?」
 寄敷範士が師範控えの間でそわそわと落ち着かなく立ったり座ったりしながら、茶を運んできた万太郎に訊くのでありました。
「押忍、あゆみさんと僕が一緒に参ります」
 万太郎が持ってきた茶を座卓の上に置くと、寄敷範士はその茶の香に誘われたのか、また座布団の上に尻を下ろすのでありました。
「おい寄敷さん、少し落ち着いたらどうだ」
 こちらは少し呑気そうな表情の鳥枝範士が、茶を取りながら苦笑するのでありました。
「お迎えするに当たって、何か手抜かりはないかと心配で」
「手抜かりも何も、帰っていらっしゃるのをお迎えするだけじゃないか」
「それはそうだが、・・・」
 寄敷範士はそう云いながら茶に手を出すのでありましたが、茶碗が予想以上に熱かったようで慌てて触った手を脇に引いて、その指先に息を吹きかけながら万太郎に訊くのでありました。「折野、総士先生のお部屋の掃除なんかはちゃんとしてあるんだろうな?」
「はい。もう済ませました。帰られてからすぐに横になっていただけるように、来間に云いつけて布団も延べさせてあります」
「布団か? ・・・」
 寄敷範士はまた茶に手を延ばすのでありましたが、今度は備えがあるため手を引かないのでありました。「布団は要らんだろう。昨日も椅子に腰かけていらしたぞ」
(続)
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