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お前の番だ! 253 [お前の番だ! 9 創作]

「本日の稽古、有難うございました」
 殆どの門下生と稽古後の座礼を終えた万太郎の前に、三方が最後に座って堅苦しそうなお辞儀をするのでありました。三方成雄は随分前に万太郎が黒帯を取得した折、仙川駅前の居酒屋で新木奈や来間達と伴にお祝いの酒宴を開いてくれた男であります。
「お疲れ様でした」
 万太郎も三方に端正に座礼して見せるのでありました。
「ところで折野先生、何で今日は鳥枝先生がいらっしゃらなかったのですか?」
 三方は万太郎より入門が早くしかも五歳程歳上であるにも関わらず、万太郎が教士になってからは言葉つきや態度を改めて敬意を示すようになったのでありました。他の門下生に対する万太郎の立場を慮って、と云う面もありましょうが、技術に於いて自分は到底万太郎に叶わなくなったと覚悟したが故と云うところがあるからでもありましょうか。
 三方はそう云う意味で慎に律義な性格の人であると云えるでありましょう。そんなところに全くルーズな、或いはどう云う了見からか知らないけれど、全くルーズであるところを態と見せつけようとでもしているような新木奈とは、全く以って正反対であります。
「ええまあ、ちょっとした機構の変更がありまして」
 稽古後でもあるから、万太郎は三方に向かってそう応えるのでありました。勿論弁えのある三方でありますから、新木奈のように稽古中に、稽古とは直接関係のないそんな質問を万太郎にするような不見識、或いは不遜、は控えていたのでありましょう。
「へえ、そうですか」
 三方は万太郎のそんな曖昧な返答にすぐに納得の顔をして見せるのでありました。その事はこれ以上、道場運営側の人間でもない者が立ち入って聞き糺すべき事柄ではないのであろうと、万太郎の曖昧な返答を即座に自分なりに解読したが故の態度でありましょう。
 まあ、話したとしても特段の差し支えはないでありましょうが、はっきりここで三方に事の経緯を披露する事に何故か些かの憚りを万太郎は感じたのでありました。それに詳しく話すとなると、それは如何にも面倒臭いと云うとこもありはしましたし。
「鳥枝先生のお加減が悪い、と云うわけではないのでしょう?」
 三方は質問の方向をそう云う風に変えるのでありました。
「ええ、それは全くお元気です。まあ、都合に依り今日は、僕とあゆみさんの代わりに寄敷先生共々出稽古の方に行かれたと云うだけです」
「鳥枝先生に何かあったのでないのなら、それで安心ですよ」
 三方はその万太郎の回答を以って自分の質問を納めるのでありました。当然鳥枝範士の健康を心配したと云うだけではないのでありましょうが、その万太郎の返答で質問を綺麗に締め括る辺りが三方の奥床しい配慮と云うものでありましょうか。
「ところで話しは違いますが、今日の昼間に総士先生のお見舞いに行ってきたんですが、すっかり元気にされていましたよ」
 万太郎は三方の奥床しさに報いるためもあって、聞かれもしないのにそんな内輪の話しをして見せるのでありました。是路総士の入院は門下生にはもう既知の事でありましたし。
(続)
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