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お前の番だ! 245 [お前の番だ! 9 創作]

 是路総士は上体を起こしてフカフカのマットに背を預けているのでありました。
「もう起きていて大丈夫なのですか?」
 寄敷範士が心配そうな表情で訊くのでありました。
「傷が開かない程度に上半身を起こしていないと逆にしんどい。仰向けに寝る事が出来ないから、寧ろこの姿勢の方が私には楽なくらいだね」
「そう云う風に動かしても背骨の方は問題ないのですか?」
「骨はボルトで固定してあるから、返って前より強固になっているだろうよ」
 是路総士が云うのを聞いて寄敷範士は納得気に何度か頷くのでありました。
「手術後の脚の具合は如何ですか?」
「下半身のモヤモヤした感覚は和らいだかな。痺れも少しは解消したように思える」
 是路総士は腰から下にかけてある薄い布団を捲って足部を露わにすると、足首や指を動かして見せるのでありました。その動きを寄敷範士と万太郎は凝視するのでありました。
「問題なく動いているようにお見受けしますなあ」
「まあ、立ち上がるとどうか、と云うところだな。何でも明日から、もう立って歩く訓練を開始すると云う院長の話しだ」
「そんなに早く立ち上がって良いのですか?」
「横になっているばかりとか座ってばかりでは、脚の筋力がみるみる落ちるからと云う事らしい。一度落した筋力はまたつけるのに時間がかかるし、回復も遅れるからなあ」
「ああ成程。それはそうですな」
 寄敷範士はまたもや数度頷くのでありました。
「あのう、これはあゆみさんからの託り物です」
 万太郎が手にしていた風呂敷き包みを解いてやや大判の本を二冊取り出して、ベッド横の台の上に乗せるのでありました。是路総士が夜に何時も、ちびりちびりと酒を飲みながら飽かず見ている中国古鏡の写真集でありました。
「おお、これは助かる。入院中の退屈をどうして紛らわそうかと思っていたところだ」
 是路総士が意外であるように喜ぶのでありますから、頼まれたから託けたのではなく、あゆみが気を利かせて差し入れたと云う事でありましょうか。「序に私の本棚に岩波文庫の『春秋左氏伝』があるから、今度来る時に全巻持ってくるようにあゆみに伝えてくれ」
「押忍。承りました」
 ここは道場ではなく娑婆であるにも関わらず万太郎はそう返事するのでありました。その返事に対して是路総士の方も特段何も云わないで聞き流すのでありました。
「序の序でに、日本酒の五合瓶でも持って来てくれれば尚更嬉しいのだが、病院と云う場所柄それは絶対拙かろうなあ」
 是路総士はそんな冗談を云って笑うのでありました。「ああ折野、私がこんな事を云っていたと、後であゆみに告げ口なんかするんじゃないぞ。また怒られるんだから」
「押忍。それも承りました」
 万太郎は是路総士に深くお辞儀して見せるのでありました。
(続)
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