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お前の番だ! 234 [お前の番だ! 8 創作]

「痛みますか?」
 万太郎の後ろから看護婦が是路総士に声をかけるのでありました。是路総士は額を枕につけた儘で首を弱々しく横にふるのでありました。
「随分落ち着いていらっしゃいいますよ」
 看護婦は、今度はあゆみに告げるのでありました。「麻酔から覚めて、状況が上手く呑みこめずに意識が錯乱される方もいらっしゃいますけど、そんな様子は全くないですね」
「意識が錯乱すると、どうなるのですか?」
 万太郎が看護婦の方に首を曲げて訊くのでありました。
「興奮して意味不明な事を叫んだり、誰彼構わず繰り言や罵詈雑言を吐き散らしたり。そのために一応、身内の方に目覚めるまで居ていただいたわけです」
「しかしそんな事をすると、手術直後なんだから傷が痛むでしょうに?」
「痛さを感じないくらい意識が錯乱しています」
「そんな場合はどうするのですか?」
「勿論安定剤を投与します。まあ、このように随分安定されている方も、結局は痛みの緩和剤と安定剤で朝までぐっすり眠っていただきますけどね」
 看護婦はそう笑いながら云ってから点滴のチューブ途中にある調整器に、注射器で何やらの薬液を注入するのでありました。ま、その緩和剤と安定剤とやらでありましょう。
「明日の朝目覚めた時に、意識錯乱が起こる事はないのですか?」
 あゆみが不安そうな顔で訊くのでありました。
「そう云う場合もあります。でも、この患者さんは大丈夫でしょう。今まで見た中で一番しっかりされているように見えますから」
 是路総士には長年常勝流の稽古で鍛えた胆力があるから、それは間違いなく大丈夫に違いないと万太郎は生一本に確信するのでありました。
「一応、あたし達、朝まで居る必要はありますか?」
 あゆみが訊くと看護婦はやや口を綻ばせるのでありました。
「その必要はないでしょう。何か、本当にこの患者さんはしっかりされていますし」
「俯せで顔も見えないのに、しっかりしていると判るのですか?」
 今度は万太郎が訊くのでありました。
「何て云うのか、経験から、寝ていらっしゃる気配にすごい安心感があります。相当精神がお強い方なのでしょうね。お坊さんとかでも、こんな安定感を感じた事ありませんよ」
 この看護婦の言は病院と云う場所柄と手術直後と云う状況に、果たして鈍感ではないのかどうか、無神経ではないのかどうか、万太郎は心の隅の方で少し考えるのでありました。
「それなら、あたし達はこれで引き上げても構わないのでしょうか?」
 あゆみが訊くのでありましたが、あゆみのその言葉つきは特段、看護婦の先の言葉に居心地の悪さを感じているのではないような風でありましたか。
「ええ、お家の方にお引き取りいただいて結構です。執刀医も朝までここに残りますし、何かあったらすぐに電話しますからご懸念には及びませんよ」
(続)
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