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お前の番だ! 232 [お前の番だ! 8 創作]

「で、内地に搬送されて軍の病院で治療を受けて、動けるようになった頃に終戦を迎えたのだそうです。僕も今回の事で鳥枝先生に伺うまでは知りませんでしたよ」
「総士先生はそんな話しは、今まで一切俺達にはされなかったなあ」
「あたしも、中国で負傷して内地で療養している内に戦争が終わった、とか云う話し程度は聞いていたけど、どんな負傷だったのかとかは詳しくは聞いた事がないわ。屹度武道家たる者が銃弾に当たって倒れた、なんて不名誉だと思って誰にも云わなかったのよ」
 あゆみは云い終ってから茶を一気に飲み干すのでありました。万太郎も茶をすぐに飲み干したのでありましたが、それは今食したコンビニの弁当の味が少し濃かったためで、矢張りあゆみもその故に同じように喉が渇いたのでありましょう。
「戦争中も戦後も、どさくさに紛れて完全な治療がお出来にならなかったのかなあ」
「そう云うところもあるでしょうね」
 万太郎はあゆみから空になった茶の缶を受け取りながら云うのでありました。「で、鳥枝先生はその時の傷が一番の元だと思われているようです」
「その後は特に体の異変はなかったのかねえ?」
「そうみたいよ。別に脚が動かないとか云う事は、お父さんから聞いた事がないもの」
 あゆみが長椅子の背に凭れかかりながら云うのでありました。
「ご本人もすっかり良くなったと思われていたのでしょうね」
 万太郎もあゆみに倣って背凭れに背中を預けるのでありました。
「で、急に動けなくなったと?」
 良平もまた背凭れに身を納めるのでありました。
「でも、何年も前から兆候はあったみたいよ、聞いてみると。それを誤魔化し、誤魔化しして今日に到ったって事らしいの。家で朝起きようとして足が痺れてよろめくとか、汚い話しだけどオシッコがなかなか出なかったりとか、出てもごく少量だったりとか」
「僕等に心配させまいとして、黙っていらしたようです。そう云われてみれば総士先生は道場にお入りになる時に、時々敷居に躓かれたりしていらしたでしょう。あれは屹度そのサインの一つだったような気が、今にして思えば、しますよね」
「ああ、そう云えばそうだな」
 良平が得心気に頷くのでありました。
「最近はそんな事も殆どなくて、僕なんか呑気にすっかり忘れていましたけど」
「でも本当は、長い年月をかけて、症状は秘かに深刻になっていたと云うわけか」
「道場での稽古のご様子からは、全く解りませんでした」
「そうだな、変わらずキレの良い動きをされていたし、組んだ時も如何にも安定しておられたし、準乱稽古でも俺達のつけ入る隙は全く見えなかったしなあ」
「それも今思うと、かなりご自分の体に無理をさせていらしたんじゃないでしょうかね」
「ま、そう云う事だろうなあ」
 良平は頷いてから、ふと気づいたように上体を起こすのでありました。「ああ、じゃあ、俺はこれで失礼するよ。俺は院長先生に居残りの許可は貰っていないからな」
(続)
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