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お前の番だ! 220 [お前の番だ! 8 創作]

 今日の主役である良平に気を遣って、鳥枝範士のお世話係は専ら万太郎が引き受けるのでありました。あゆみの席の横に鳥枝範士は座ったものでありますから、あゆみも鳥枝範士の相手を万太郎と一緒に買って出る事になるのでありました。
 こうなると、席を譲った形になった新木奈が好い面の皮と云うものでありますか。新木奈はなるべく鳥枝範士と離れた席に、つまりあゆみともグッと離れた席に移動して、無愛想面でビールのグラスを傾けているのでありましたが、さすがに鳥枝範士を前にしては、気分が乗らないからと自儘に姿を晦ますわけにもいかないでありましょう。
 鳥枝範士はこれでなかなか弁えた人で、如何にも愉快そうに口の悪い冗談を飛ばしながら、しかししっかりと門下生達に愛想をふり撒くのでありました。門下生達は普段の稽古では決して見られない鳥枝範士のご機嫌な顔に、最初は面食らいながらも、次第に寛いだ様子を見せ始めるのでありましたが、一人打ち解けないのが当然、新木奈でありました。
 折角のあゆみと親しく言葉を交わすチャンスを失ったのでありますから、新木奈の忸怩たる思いは万太郎にも、まあ、冷笑的にではあるものの、良く伝わるのでありました。そんな新木奈にお構いなしに、鳥枝範士の口の悪い冗談と大笑が場を覆うのでありました。
 しかし全く意外な事に、この良平の送別会が終わって間もなくしてでありますが、あゆみは新木奈を少し見直したと云った具合の評言を万太郎に聞かせるのでありました。それは道場の休みの日に母屋の掃除を手伝っている折でありましたか。
「あの時、そんなに長々と色んな話しをしたわけじゃないけど、思っていたより新木奈さんは自分の周りの人の事とか、良君の事なんかをちゃんと気にかけている人のようよ。あの時話した印象では、結構大人、って云う感じだったわね」
 万太郎はあゆみのこの評言に思わず目を丸くするのでありました。
「へえ、そうですか。・・・」
「新木奈さんは子供の頃から、殆どの事はそつなく熟すんだけどこれと云って特徴のない、まあ敢えて取り柄を挙げれば勉強はそこそこ出来る程度の、凡庸な少年だったんだって」
 つまり何時も通りの新木奈の言葉の操り方でその言葉の中の、これと云って特徴のない、或いは、凡庸な、と云うのが実は本柱を装った添柱で、殆どの事はそつなく熟す、或いは、勉強はそこそこ出来る、が主張したい本旨であろうと万太郎は口には出さないながら、そんな人の悪い鑑定をしながらあゆみの話しを聞いているのでありました。新木奈はよく会話の中で、そのような言辞の嫌にまわりくどい曲折表現を使用するのでありました。
「新木奈さんと子供の頃の話しをしていたんですか?」
「まあ、それもしたけど、つまり、新木奈さんは他人に自分の少しも弱みを見せたくない、エリート意識の強い人だとばかりあたし思っていたけどさ、そんな新木奈さんが自分の事を凡庸な、だとか、特徴のない子供、なんて云うのが、あたし結構意外だったのよ」
 だからそれは、新木奈得意の曲折表現の一種ですよと、万太郎は口の中だけであゆみに強調するのでありました。そう云う秘かで技巧的に迂遠な言辞を弄すると云うだけでも、彼の本質の一端が露呈していると云うものではありませんか。
「誇り高い自尊心の強い人間が、案外素直な面を見せたのが意外だと云うのですね?」
(続)
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