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お前の番だ! 219 [お前の番だ! 8 創作]

 数年前に万太郎と良平の黒帯取得のお祝い会を催した時と同じ、仙川駅近くの酒場での良平送別会における新木奈のはしゃぎようは、万太郎としては全く以って鼻白むものでありました。宴の最初の方こそあゆみと離れて座った新木奈でありましたが、あゆみの横に座る主賓の良平が参加した皆に愛想の酒を注ぐために席を立つと、抜け目なくその席に移動して、あゆみにあれこれと話題と笑顔を向けて売りこみにこれ務めるのでありました。
 あゆみも調子をあわせて新木奈の軽口に笑ったり、ビールを注いでやったりするのでありましたが、あゆみを挟んで新木奈とは反対側にいる万太郎は、この二人の会話に入りこむ余地が全く見出せないのでありました。それにこうして観察していると、意外にもあゆみも満更、新木奈のそう云う絡み具合を嫌がってはいないように見えるのでありました。
 何となく面白くない顔で、万太郎は以前の飲み会の時よりは寡黙に時間を過ごしているのでありましたが、この居酒屋に全く意外な珍客が姿を現すに到って、万太郎の顔が急に引き締まるのでありました。その珍客と云うのは鳥枝範士でありました。
 万太郎は出入口を入ったすぐの辺りでコートを脱ぐ鳥枝範士の姿を認めると、驚いた次の瞬間、すぐに反応してその傍へ飛んで行くのでありました。
「押忍。どうしたのですか鳥枝先生?」
 万太郎はコートを受け取りながら怪訝な顔をして訊くのでありました。
「おう、面能美の送別会に来たんだよ」
「ああそうですか。・・・」
「何だ、俺が来ると何か都合が悪い事でもあるのか?」
「いやとんでもありません。しかし態々こういう会にご足労されたのが意外でして」
「三方君にたってと招聘されてな。一般門下生で何時々々に送別会をやるから是非とも一時でもご出馬いただきたいとな。まあ、どうせ家からもタクシーを飛ばせば十分くらいだし、偶にはこういう会に出て門下生共と気楽に睦むのも良いかと思ってなあ」
 当人がそう云うつもりでも、普段から口煩く、道場では最も手荒い稽古で鳴らす鳥枝範士であってみれば、門下生の方が緊張して気楽には睦めないだろうと万太郎は思うのでありました。三方も一体どう云うつもりで鳥枝範士をこの席に呼んだのでありましょうか。
「押忍、ではこちらにどうぞ」
 娑婆であるにも関わらず鳥枝範士に対してはどうしても、押忍、の返事の言葉しか出ない万太郎は、固い立礼をしながら皆のいる席の方に手を差し伸べるのでありました。
 席では、参加した全員が起立して緊張の面持ちで鳥枝範士を迎えるのでありました。
「鳥枝先生、今日は無理を云って申しわけありません」
 三方が鳥枝範士に円卓の一番奥の席を勧めるのでありました。
「おう、他ならぬ面能美のためだと云うからな」
 鳥枝範士は席に腰を下ろしながら良平を睨むのでありました。
「押忍。有難うございます」
 良平がおどおどと一礼するのでありました。良平もまさか鳥枝範士がこの場に現れるとは、万太郎同様今の今まで思ってもいなかったでありましょう。
(続)
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