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お前の番だ! 218 [お前の番だ! 8 創作]

「しかしところで、若しあゆみさんが常勝流の跡目を継がないとなると、この総本部道場は将来どうなるんだろうな?」
 良平が自分のマグカップにもう一杯インスタントコーヒーを作るのでありました。その後で万太郎にも二杯目を飲むかと無言に上目遣いで訊ねる仕草をするのでありましたが、万太郎は矢張り無言で首をふってその申し出を断るのでありました。
「あゆみさんは総士先生や鳥枝先生、それに寄敷先生が、そうなったら良しなに取り計らうだろうなんておっしゃっていましたけど」
「でも、常勝流は一子相伝だぜ」
 良平は持ち上げたカップに息を二三度吹きかけて、恐る恐る口をつけるのでありました。良平が息を吹きかける度に万太郎の方にコーヒーの湯気が漂ってくるのでありました。
「建前はそうですが、もしそう云う場合には何か方策があるでしょう。それに第一、常勝流の将来を僕ら年季三年ちょいの内弟子風情が心配してもどう仕様もありませんからね」
「まあ、そうには違いないけどな」
 良平はまた手にしたマグカップの上に揺蕩う湯気を吹くのでありました。その湯気の香りが再び万太郎の鼻腔に仄かに進入するのでありましたが、その香を嗅ぐと、万太郎も急に何故かコーヒーのお代わりがしたくなるのでありました。
 二月になると、一般門下生の間から良平の送別会をやろうと云う話しが出るのでありました。云い出しっぺは、もうその頃には黒帯を取得して、一般門下生のまとめ役のような存在になっている三方成雄でありました。
 新木奈は、今度は自分が音頭を取るような事はないのでありました。新木奈は、この頃は一般門下生の間ではあまり面倒見の良いタイプとは思われていないのでありましたし、誘いがあれば、自分の気が向けば参加するけれど、自ら率先して何かを企画すると云う気は全くなく、その役は偏に三方が担っていると云う風でありましたか。
 因みに専門稽古生は、はっきりとお達しがあるわけではないのでありましたが、道場が主催する行事以外では、稽古生同士で任意に群れ集ったり、少数で個別に昵懇になる事は意識して避ける風習があるのでありました。それはそうやって稽古者が狎れ睦むと、謹厳であるべき道場の稽古にも、その狎れが持ちこまれて仕舞うのを嫌う故でありましょう。
 今度の一般門下生の良平送別会にも、新木奈は当初あんまり気乗りしない様子であったようでありますが、珍しく今次はあゆみの参加もあると聞いた途端、それなら参加しようかなとあっさり云い出すのでありました。勿論、その日の予定がなくなって急に都合がついたからと慎に、それこそ都合の良い託けや、他ならぬ良平の送別会であるからとか恩着せがましい言を吐いて、あゆみの参加が理由ではない体裁を取ってではありますが。
 しかしそこの頃にはもう、一部の一般門下生の間では、新木奈が懸命にあゆみの歓心を買おうとしていると云うのは評判になっているのでありました。三方があゆみの参加を餌に、億劫がっていた新木奈にもう一度誘いをかけたのは、新木奈に対する三方の人の悪い秘かな揶揄とも考えられるのでありましたが、まあ、その辺の三方の真意は定かならぬものでありますし、元来三方の性格はそんな曲折を嫌うところがあるのでありましたが。
(続)
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