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お前の番だ! 210 [お前の番だ! 7 創作]

「道分先生の道場には総士先生のお伴で行く機会が時々あると云うのに、僕は今話しに上がったそう云った店は何処も知らないですね」
「あたしも殆ど知らないわ。帰りにそんな店に立ち寄る時間もないしね」
 あゆみがコーヒーを一口、全くの無音で、しとやかに飲むのでありました。
「でも、このレモンと云う喫茶店は知っていると」
「その時はちょっと時間があったのかしらね。偶々入ったのよ」
「しかしところで、この辺の店とか名物料理なんかを色々知っていると云う事は、新木奈さんの勤務先はこのお茶の水近辺にあるのですかねえ?」
 万太郎は未だ何となく新木奈の事が、と云うよりは稽古後に交わしたと云うあゆみと新木奈の会話の様子が気になるので、そんな風な事を訊いてみるのでありました。
「ううん、本社は青山の方で、研究所が狛江の方にあるって話しよ。で、新木奈さんは時々本社にも行くけど、所属としては狛江の研究所の所属と云う事らしいの」
「狛江ならウチの道場にもそんなに遠くないですかね。で、それもその時の、稽古後に話しをしたと云う折に聞いたのですか?」
「そうよ。だから青山とか渋谷とか、それから成城辺りのお店の話しも出たわ」
 なかなか長い時間、あゆみは新木奈と会話を交わしたと云う事のようであります。
「成城と云えば、鳥枝先生の家がある処ですね」
「そうね。成城はマルメゾンとか云う洋菓子店のケーキが美味しいんだって」
「新木奈さんはあっちこっちと食べ歩きをしているんですかねえ?」
「話しに依るとそうみたいよ。それから食べ歩きは一人でするのが常道なんだって」
 なかなか食通らしき意見であります。さらっとそう云う新木奈の、勿体ぶっていない素ぶりで大いに勿体ぶった得意げな顔が見えるようだと万太郎は思うのでありました。
「僕は食通ではないですが、学生時代定食屋なんかに入る時は一人が多かったですよ」
「一人でじっくり食事するのが好きなら、案外万ちゃんも食通かも知れないわね」
「日頃の僕の性向から、そうでないのは明白だとあゆみさんは判っている筈ですが」
「それもそうか」
 あゆみは真顔で頷くのでありました。「確かに万ちゃんは味より量、よね」
「面目ない次第です」
 万太郎は頭を掻いて見せるのでありました。
「調布駅の近くにスリジェって云うケーキが評判のレストランがあって、今度そこに一緒に行きませんか、なんて誘われたわ」
「新木奈さんにですか?」
 万太郎は頭を掻く手の動きを止めるのでありました。あゆみはそうだと云う言葉の代わりに一つこっくりをするのでありました。
「おやまあ、食べ歩きは一人でするのが常道と云った新木奈さんが、その持論を早速棚上げしてあゆみさんを誘ったのですか?」
 これは少し棘を含んだ云い方かなと、万太郎は云った後に思うのでありました。
(続)
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