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お前の番だ! 199 [お前の番だ! 7 創作]

「考えてみると、理合いの上では後の先、であっても、実は折野は自分でも知らずに先の先、をやっているのかも知れない」
 是路総士がもう一口ビールを飲むのでありました。未だグラスの中には充分に残量があるから、万太郎は今度は俄には注ぎ足さないのでありました。
「先の先、ですか?」
 万太郎としてはそう云う自覚はまるでないのでありました。
「折野の見切りが早いのは、相手の動きに先んじて相手を動かしているとも云える」
「そうか、先の先か」
 あゆみが納得顔で万太郎を見るのでありました。「となると、こちらの動き出しの端が万ちゃんの動作の発動の端ではなくて、こちらの動き出しの前にもう、動き出しを読まれているって事ね。云い換えれば、万ちゃんに思うように動かされているって事になるのね」
「先の先、は相手の動きの直前の、心の動きの端を捉えて先を取ると云う機微だ」
「だから対峙して、こちらが、今だ、と思って、次の瞬間に動き出そうとするその前に、その、今だ、と思った気持ちを僅かな時間差で捉えられて結果として動かれるから、早まっているように見えるのね。それに、心と動きの時間差がとても僅かなものだから、こちらの動きの修正が利かないと云うわけね。万ちゃん、何時、先の先、を会得したの?」
「いやあ、何時と云われても。・・・」
 あゆみにそう訊かれても、万太郎は曖昧な顔で頭を掻く以外にないのでありました。
「天性のものかしら」
「いや、偶々かも知れんが、会得したものだろう」
 是路総士が確信有り気にそう云うのでありました。「先の先、で動ける者はそうはいない。これこれこう云う修錬をしたなら、誰でもが会得できると云った機微ではないよ」
「万ちゃん、凄いじゃない」
 あゆみがそう驚いても、万太郎としては戸惑いの表情以外を有しないのでありました。
「神保町の道分さんの動きが、云ってみれば須らく先の先だな」
 是路総士は興堂範士の名前を持ち出すのでありました。
「ああ、そう云われればそうか。道分先生のすばしこさは、先の先、の動きなのね」
 あゆみが頷くのでありました。
「道分さんは動きが俊敏と云った印象だが、あれは先の先で動いているからそう見える」
「じゃあ、万ちゃんの見切りの速い動きは、つまり道分先生の動きと同じなのね」
「興堂派道場に出稽古に行っている甲斐があって、道分さんの動きの見取りを繰り返している内に、折野はその動きのイメージを頭の中に人より強烈に焼きつけたのだろうな」
「じゃあ、興堂派道場の門下生の人達は、先の先、を会得している、或いは会得するべく自覚的に稽古している、と云う事になるのかしら?」
 あゆみは小首を傾げて是路総士に訊ねるのでありました。その仕草はなかなかにキュートであると万太郎は秘かに思うのでありましたが、今会話されている話しの内容上、デレデレと表情を緩めたりする事は厳に慎むのでありました。
(続)
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