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お前の番だ! 197 [お前の番だ! 7 創作]

 威治教士のあゆみに対しての勝手な自分の売りこみ工作に、態々是路総士が礼を云う必要はなかろうと万太郎は思うのでありました。どだい展示会の主催者側として忙しくしている最中のあゆみを、勝手な思惑で外に連れ出そうとするその仕様が、自分の魂胆の他には何の思いも致していない事を左証していると云うものではありませんか。
「それから、一般門下生の新木奈さんも見えたのよ。この展示会は道場の外の事だから門下の人達には殆ど話していなかったんだけどね」
「ほう。何処で知ったんだろうな」
 そりゃあ他でもないあゆみの事でありますから、色々情報網を張り巡らせているのでありましょう。他の者には到って素っ気ないくせにあゆみの事となると、気に入られようと貪婪にチャンスを窺っているのは、要するに威治教士と同じ穴の貉と云うものであります。
「ところで総士先生、書道展の方は如何でしたか?」
 大岸先生が話頭を回らすのでありました。
「私ごときがあれこれ評するのも何ですが、さすがに大岸先生の書は見事でした。個々の字もさる事ながら、個々の字が創りだす書全体の構図も闊達で艶やかで、見ていて豊かな気分にさせてくれます。いやいや大いに勉強になりましたよ」
「総士先生にそう云っていただくと嬉しくなりますわ」
 大岸先生は口元を隠してはにかむのでありました。「でも総士先生、次の書道展には是非ともご出品をお願いしますわ。総士先生の如何にも堂々とした書があの中に展示してあると、屹度会場全体の雰囲気がグッと引き締まると思いますもの」
「いやいや、私は堅苦しい楷書一辺倒ですから、全くあの場に相応しくはないでしょう」
「そんな事は絶対ありませんよ」
「あゆみの書はそれに比べると未だ貧弱な印象だな。見ていても紙に字が埋めこまれていると云った印象で、浮き立ってこない」
 是路総士は駅務員が路線のポイントを切り替えるように、話しの先頭を脇の車線の方に自然に誘導するのでありました。
「そりゃそうよ。大岸先生に比べられるとあたしは立つ瀬がないと云うものよ」
 あゆみが頬を膨らませて見せるのでありました。
「折野は今回、出品しなかったのか?」
 是路総士は万太郎の方に顔を向けるのでありました。
「僕なんぞは未だ到底その水準に達していません。受付の机の下にある、受付、と云う字にも、会場の壁に貼ってある、順路、と云う貼り紙の字にも到底及びませんので」
「ああ成程ね」
 是路総士は全くの無表情で納得するのでありました。
「でも万ちゃんの字も、最近進境著しいものがあるわよ」
 大岸先生がフォローしてくれるのでありました。「線の太い細いに独特の癖があって、それは何か要領を掴むと、急に驚くような味わいのある異趣に変貌する可能性があるわね」
「へえ、そんなものですかねえ」
(続)
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