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お前の番だ! 190 [お前の番だ! 7 創作]

「そう。何時だったか稽古が終わってから、ちょっと相談したい事があるって云われて、土曜日のお習字のお稽古に行った帰りに、駅前商店街の喫茶店で待ちあわせてね」
「良さんに結婚を申しこまれたけど、どうしたら良いでしょうか、とかですか?」
「ううん。二人で結婚しようかって雰囲気にはもうなっているんだけど、生活していけるだけの良君の収入の見こみが立たない事を理由に、良君が躊躇っているらしいの」
「ああ成程、考えてみればそれはそうですかね」
 今度は万太郎が口をやや引き結んでゆっくり何度も頷くのでありました。
「あのね、いきなりそんな相談をされて、どうしてだか知らないけどあたしドキドキしちゃった。まあそれは良いとして、香乃子ちゃんとしては、そう云う事なら自分の方が他にアルバイトをしてでも、何とか二人の生活のやり繰りをするって心算のようだけどね」
「ほう、なかなか気丈ですね香乃子ちゃんは。見かけに依らず」
「そうね。でもそれじゃあ俺の気が済まない、なんて良君があれこれ云うらしいの」
「良さんの気持ちも判りますかね、僕は」
 万太郎は腕組みをしてまた頷くのでありました。
「それに良君は未だ助教士になったばっかりで、助教士に対しては結婚生活を送れるだけの充分なお手当は、これまで道場でも出した前例がないの。助教士は大概の場合は道場に寝泊まりしているのが普通たから、内弟子になった時に貰うお給金の儘だし」
「まあ、我々の手当ては鳥枝建設から出る四万円ですから、香乃子ちゃんの給料とあわせても充分とは云えませんよね。しかし、二人の給料でもカツカツの耐乏生活なら、覚悟があればやっていけない事もないような気が、しないでもないような。・・・」
 万太郎は徐に腕組みを解いて頭の天辺に片方の掌を遣って、自分でもどう云わんとしているのかよく判らないような、慎に以ってまわりくどい云い草をするのでありました。
「でも、良君がそれでは嫌みたいなの。男たる者、女房の一人くらい養えるだけの器量がなければ結婚なんかしてはいかん、なんて香乃子ちゃんに云うらしいわよ」
「へえ、良さんも結構古臭い考えの持ち主なのですね」
「で、香乃子ちゃんとしたら、困るわけよ」
 万太郎が腕組みを解いた代わりと云うわけでもないでありましょうが、今度はあゆみが腕組みをして首を少し傾げて、困った顔を作るのでありました。その様子はなかなか可憐であると、全く今の話しと関係ないながら万太郎は秘かに思ったりするのでありました。
「あゆみさんはそう云う相談をされて、どんなアドバイスをしたのですか?」
「その場では何もアドバイスらしい事は出来なかったけど、お父さんと鳥枝先生にあたしから話してみるわって、そう応えたのよ」
「ああ、そのあゆみさんの相談を受けて今、総士先生と鳥枝先生が良さんを呼んで色々、ああでもないこうでもないとやっているのですね?」
「ううん、そうじゃないわ」
 あゆみが腕組みした儘首を横に何度かふるのでありました。「あたし未だ、お父さんにも鳥枝先生にも、何も話してなんかいないもの」
(続)
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