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お前の番だ! 183 [お前の番だ! 7 創作]

「よお、折野君」
 男は万太郎に手を上げて見せるのでありました。
「ああ、これは新木奈さん」
 万太郎は立ち上がって軽くお辞儀するのでありました。新木奈は持っていた大ぶりの花束を万太郎に渡すのでありました。
「一応お祝いにこれを持ってきたんだが」
「ああ、有難うございます」
 万太郎は花束を受け取るのでありました。「ええと、ご来場いただいた方には、こちらにご記名をお願いするようになっているのですが」
 万太郎は受付机の上に広げてある芳名帖を手で示すのでありました。新木奈はああそう云う仕来たりか、と云う顔をしてから筆を取るのでありました。
「今日は受付に駆り出されているわけだ?」
 新木奈は筆を置きながら万太郎に訊くのでありました。どうやら新木奈は習字の心得がないようで、先の威治教士の立派な署名に比べれば、万太郎が見ても何とも体裁の良くない、石の裏から白昼の下に引き出された蚯蚓がのたくっているような文字でありました。
「ええまあ、そんなところです」
「あゆみさんは、今日は来ていないのかい?」
「いえ、来ておりますが、今ちょっと外に出ています。ぼちぼち戻ると思いますが」
 威治教士と云い、この新木奈と云い、何処で耳聡く聞きつけたのか知らないけれど、あゆみの書が掲げてある書道展があると聞けば初日早々に、愛想にしては立派過ぎる花を手に、威治教士の方は送ってきたのでありますが、まあ兎も角、ここが好感度の上げどころと勇んで馳せ参じて来る了見は、実に以って大した忠実さ加減であると万太郎は呆れ顔に敬服するのでありました。怠け者の万太郎如きには到底真似の出来ない仕業であります。
「ああそう。じゃあ、書を見せて貰っていようかな」
「その前に、一応この書道展の責任者の大岸先生にご紹介したいのですが」
 万太郎は花束を受け取った手前、新木奈を大岸先生に引き逢わせようと受付席を離れるのでありました。大岸先生は自分の書の前で来場者への愛想が丁度終わったようで、二人の和服を着た老婦人にお辞儀をしてそこを立ち去ろうとしているところでありました。
「大岸先生」
 万太郎が呼びかけると大岸先生は顔を向けるのでありました。「こちらは新木奈さんと云って、常勝流道場の門下生の方です。このお花をいただきました」
 万太郎はそう云って花束を大岸先生に渡すのでありました。
「まあ、これはどうも」
 大岸先生はにこやかな顔をして花束に鼻を近づけるのでありました。「こんな綺麗なお花を頂戴いたしまして有難うございます」
 大岸先生の深いお辞儀に新木奈が浅いお辞儀を返すのでありました。
「いえ、別に」
(続)
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