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お前の番だ! 181 [お前の番だ! 7 創作]

「ああそう」
 女性はそう云った後に何も続けないのでありました。万太郎の返した言葉のどこにも引っかりを見せないのは、万太郎にしたら多少拍子抜けでありました。
「貴方は大岸先生のお弟子さんなんですか?」
 万太郎は指を動かして両手に下げた紙袋の握りを直しながら訊くのでありました。
「いいえ、あたしは玄書会の事務局の者よ」
 玄書会、と云うのは大岸先生が所属する全国組織の財団法人の名称で、日本中の多くの書道の先生が加入している団体でありました。書道に於いては流派と云う云い方が適当なのかどうか万太郎には判然としないのでありましたが、この、玄書会、と云う団体は書道の普及発展と研鑽を目的とする一派で、大岸先生はそこの理事の一人なのでありました。
「玄書会の職員なら、貴方も書道をなさるのでしょうね?」
「いいえ、あたしはしないわ。単なる職員よ。書道に詳しいわけでもないし」
「ああそうですか」
「大岸先生の門下なら、あゆみさんと一緒に大岸先生に書道を習っているの?」
 この女性はあゆみの事は前から見知っているようであります。
「ええまあ、そうなりますが、しかしさっきも云ったように僕は不肖の弟子ですから」
「何か作品を出しているの、今度の書道展に?」
「いやあ、何も出していませんし、出すような腕も年季もありません」
 ここで万太郎の癖として頭を掻きたいところでありますが、両手が荷物で塞がっているのでそうもいかないのでありました。
「じゃあ、大岸先生に云われて手伝いに来たのね?」
「そうです。あゆみさんが僕の武道の姉弟子にも当たりますのでその義理からも」
「武道?」
 女性はやや瞠目した表情で万太郎の顔を見るのでありました。「武道って云ったら、柔道とか剣道とか合気道とかの、あの武道の事?」
「そうです。常勝流と云う古武道です」
「あゆみさんは武道もやってらっしゃるの?」
「ええ。小学校に入る前からですから、もう今では先生格です」
「へえ、それは知らなかったわ」
 女性はそう云って目を見開いた儘で笑むのでありました。あゆみと同世代か少し歳上だろうと万太郎は踏んでいるのでありますが、今まで無表情ばかりを目にしていたのでその驚きの笑みは、なかなかに若々しくてチャーミングだと万太郎は思うのでありました。
「あゆみさんは武道も大変な実力で、お強い方なのです」
「そんな風にはちっとも見えないわね。お話しされる時の物腰も柔らかで、ちょっとした仕草なんかもしとやかそうだし。着物姿も女らしくて、全く武道のイメージはないわ」
「いやいや、あれでなかなか厳しい姉弟子なんですよ」
 万太郎はあゆみを評する女性の言葉に何故か少し嬉しくなるのでありました。
(続)
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