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お前の番だ! 158 [お前の番だ! 6 創作]

 そう声をかけてきたのは興堂派最若手の内弟子である堂下善郎と同い歳の、宇津利益雄、と云う名前の門下生でありました。宇津利は内弟子ではない専門稽古生でありますが堂下とは殊の外仲が良くて、その絡みで万太郎に大いに懐いているのでありました。
「今日は総本部のあゆみ先生と一緒に伺ったんで、道分先生に事前に挨拶したりしていたから、何時もと違って顔出しが遅れたんだ」
 是路総士や良平とかごく近しい人と総本部の母屋に在る時には、万太郎はあゆみを、あゆみさん、と呼ばわるのでありましたが、それ以外の場では、あゆみ先生、と呼称するのが習わしでありました。あゆみは是路総士の剣術の出張指導の付き人として偶に興堂派道場を訪っていたから、興堂派の専門稽古生には知れているのでありました。
「おや、あゆみ先生がいらしているんですか?」
「ああ。今日は稽古に一緒に参加する事になっている」
「成程。道理で若先生が何時になく浮き々々していると思いましたよ」
 宇津利はそんな事を口走るのでありました。
「そうなのか?」
「ええ、何となくそんな気が」
 道場を見渡すと見所の前辺りに、確かにそう云われると何時もよりは少しはしゃいでいるような風情で、取り巻き達と話しをしている威治教士の姿が在るのでありました。
「威治先生はあゆみ先生が来ると何時も浮き々々するのか?」
「いやまあ、僕は本当は知らないのですが、先輩方は皆そう云っていますね」
「ふうん。あ、そうだ花司馬先生や威治先生に挨拶をしておかないと」
 万太郎は宇津利にそう云い置いてから、道場正面隅に単座して道場内を見まわしている花司馬筆頭教士の傍に歩み寄るのでありました。
「今日のご指導、よろしくお願いいたします」
 万太郎は花司馬筆頭教士の前に正坐して格式張った座礼をするのでありました。
「はい、よろしくお願いします」
 花司馬筆頭教士も万太郎に座礼を返すのでありました。「折野君はもうすっかり、ウチの門下生みたいな感じになっているなあ」
 道場に入るなり他の門下生と目礼や笑顔の交換をしたり、慣れた様子で宇津利と言葉を交わしたりする万太郎を見て、花司馬筆頭教士はそう云ったのでありましょう。
「ええ。もうすっかり顔馴染みになって、皆さんには気さくにして貰っています。ところで今日は板場先生のお顔が見えないようですが?」
「ああ、板場は三日前からマレーシアと台湾に巡回指導に行っているよ」
 興堂派はフランスやイギリス、それにアメリカとカナダ、それからオーストラリアにニュージーランド、アジアではインドネシアとマレーシア、それに台湾に海外支部道場があるのでありました。それらの支部からは年に一度くらい指導員の出張依頼があって、板場はそのためマレーシアと台湾に出張していると云うのでありましょう。
「ああそうですか。マレーシアと台湾ですか」
(続)
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