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お前の番だ! 138 [お前の番だ! 5 創作]

 あゆみが是路総士を窘めるのでありました。
「ああ、これは済まん」
「掃除する者の身にもなってよ」
 是路総士は決まり悪そうな顔であゆみを上目に見つつ一つ頷いてから、頭拭きを止めてタオルを首にかけるのでありました。母屋に在っては是路総士と云えども、家事一切を取り仕切るあゆみには遠慮の気持ちが思わず出ると云ったところでありましょうか。
「どうだった黒帯のお祝い会は?」
 是路総士は座卓の前に座りながら食堂の内弟子二人に訊くのでありました。
「押忍、楽しかったです」
 良平がそう応えるのでありましたが、これは宴席であった不体裁を態々是路総士に報告する必要はないとの良平の判断からでありましょう。
「ああそうか。それは良かったな」
 是路総士はそう云ってから後ろに体を捩じって押入れの襖を開けるのでありました。
「おとうさん、お酒?」
 あゆみが是路総士のその為業を見つつ訊くのでありました。
「うん、一升瓶」
「何時ものように台所の方にあたしが移動したわよ。そこに置いていたら、何かの拍子にお父さんが倒すといけないと思って」
「ああそうか」
 あゆみは立って流し台の下の棚の扉を開けて中に仕舞ってある日本酒の一升瓶を取り出すと、それを居間の是路総士の方に掲げて見せるのでありました。是路総士はその一升瓶を見ながら、思わずと云った風に顔を綻ばせるのでありました。
 是路総士は一升瓶を居間の押し入れに仕舞っておこうとする癖があり、あゆみはそこに一升瓶を置いておく事に常時不安を感じていると云う事であります。依って是路総士の襖開けの行為とあゆみの先の常套句が、例によって何時も通りに儀式のように繰り返されたのでありましたが、万太郎は何となくその光景を微笑ましく感じているのでありました。
「どうだ、黒帯取得祝賀会の別席と云う事で、皆で一杯やらんか?」
 是路総士が一升瓶に手を添えて提案するのでありました。
「いいわね、偶には」
 あゆみがすぐに賛同して、早速酒杯を食器棚から四つ取り出すのでありました。
「押忍、お呼ばれします」
 良平が嬉しそうに応じるのでありましたし、勿論万太郎も異存はないのでありました。良平はあゆみが取り出した一升瓶と四つの杯を居間の座卓に運び、万太郎は冷蔵庫を開けてちょっとした肴を用意するあゆみを手伝うのでありました。
「道場での授与式の時に既に云ったが、ま、面能美君と折野君、黒帯取得おめでとう」
 是路総士が杯を頭の高さに持ち上げるのでありました。久々に是路総士に君づけで呼ばれた万太郎と良平は思わず畏まるのでありました。
(続)
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