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お前の番だ! 131 [お前の番だ! 5 創作]

 是路総士は猪口を置いて頭に手を遣るのでありました。「あゆみは女ですし、当流の総帥としてはどんなものですかなあ。確かに当流は一子相伝となっておりますが」
「しかしこれからの世の中、女の武道宗家があっても良いかも知れませんぞ。技量的にはあゆみちゃんは宗家として将来充分立って行けるでしょうし」
「考えとしてはそうですが、現実的にはどんなものでしょう」
「まあ、武道の世界は、特に古武道の世界は、風習も考え方も恐ろしく古臭い儘ですし、またその古臭さが尊いとも云えますからなあ」
 そう云った後、興堂範士は鳥枝範士の方に目を向けるのでありました。「鳥枝君としてはどういう風に考えておるのかい?」
「いや未だ具体的なところは何も」
 鳥枝範士も是路総士と同じように頭に手を遣るのでありました。「未だ々々総士先生もお元気ですし、益々お強くなっておられるように拝察致しておりますので、正直なところ将来の事に関しては未だ全く思い致す必要を感じておりません」
「それはそうじゃが、転ばぬ先の杖じゃよ」
「興堂先生のご教誨として腹に納めておきます」
「あゆみちゃんに婿養子を取ると云う手もあるか。道場の門下生の中に、技量や人柄、それに歳頃とか、目星をつけられておられる方なぞはいらっしゃいませんかな?」
 興堂範士がそう云うと横の威治教士の眉が微かに動くのでありました。さてところで、廊下の方に正坐してずっと控えていた万太郎の眉も、実は本人も気づかない程度に同じように微かに動いたのでありましたが、まさかそれに気づいたためではないでありましょうが、鳥枝範士が急に万太郎に声をかけるのでありました。
「おい折野、徳利をもう二三本、熱燗にして持ってこい」
「押忍」
 万太郎は控えの間の方に一礼して立つと台所へと趨歩して去るのでありました。
「おや、大岸先生、いらしていたんですか?」
 母屋の台所には、近所に住む書道のお師匠さんである大岸聖子先生が来ているのでありました。大岸先生は割烹着を着て四枚の小皿に何やら盛りつけているのでありました。
「そう。あゆみちゃんから頼まれてちょっとしたお酒の肴を持ってきたのよ」
「ああそれはどうも恐れ入ります」
 万太郎は大岸先生に丁寧にお辞儀してから良平の方を向くのでありました。「良さん熱燗のお代わりを二本お願いします」
「あいよ。熱燗二本追加!」
 良平は居酒屋の若い衆みたいな口調でそう云うのでありましたが、見ると稽古着の上から前掛けをして頭には捩り鉢巻きなんぞを巻いているのでありますが、すっかり板前か何かのような了見になり切っているようであります。
「あゆみさんが先生に今日の事を頼んだんですか?」
「そうよ。良君と万ちゃんだけじゃ接待係として頼りないからってさ」
(続)
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