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お前の番だ! 126 [お前の番だ! 5 創作]

 万太郎は丁寧な物腰で受け応えるのでありました。一般門下生に対しては年齢や年季に関係なく、内弟子は丁重なもの云いをするのが道場の仕来たりでありました。
「ああそうですか」
 来間は万太郎の差し出したコップにビールを注ぎながら云うのでありました。「稽古についてなんですが、皆さんは一般門下生稽古とは全く違う事をやっているのですか?」
「そんな事はないですよ。同じ常勝流の体術を稽古しているんですから。まあ、一般門下生の方達より時間的に多く稽古しているという事はありますがね」
 万太郎は来間にビールを注ぎ返しながら応えるのでありました。
「いやいや、稽古時間の長さだけじゃなくて、質的にも断然違うな」
 良平と二人で盛り上がっていたクレージーキャッツ話しに一段落をつけた三方成雄が、横からそう口を挟むのでありました。「技の精度や威力にも厳しい要求があるだろうし、総士先生や鳥枝先生、それに寄敷先生の容赦のない技を毎日、身を以って体験させられているんだから、そりゃあもう過酷さに於いて一般門下生稽古なんかの比じゃないだろうよ」
「その容赦のない技を自分等に施す先生方の内に、あゆみさんの名前も加えてください」
 良平が話しに加わるのでありました。
「ああそうだ。あゆみ先生の技も凄いや」
 三方が頷きながら云うのでありました。あゆみは助教士であるから、一般門下生からは、先生、と云う称号つきで呼ばれているのでありました。
「確かにあゆみさんの技は凄いな」
 あゆみの名前が出たので新木奈もここ一番と口を出すのでありました。一般門下生であるにも関わらず新木奈はあゆみに対して何故か、先生の呼称をつけないのでありました。
 あゆみの事を、あゆみ先生、と呼ばない一般門下生は新木奈くらいしか居らず、これは新木奈のあゆみに対する一種の秋波の、秘めやかで意識的でまわりくどい表出なのであろうと万太郎は勘繰っているのでありました。他の門下生達と自分とではあゆみに対する意識が違うのだと、他の連中にも、勿論あゆみ本人にも、判りにくいながら判ろうとすれば何となく判るような、新木奈一流の表現方法に違いないと思うのであります。
 今のところそれに気づいているのは万太郎だけのようで、他の誰彼にも、一番気づいて欲しいあゆみ当人にも、この新木奈の遠回しな努力は無駄な骨折り以上ではないようでありますが。・・・いやしかしところで、何故自分だけはそうと気づいているのか万太郎はその点に引っかかりはするものの、特に掘り下げて考えてみる事はしないのでありました。
「内弟子の皆さんの稽古では、一般門下生稽古では省略されて仕舞うような、技の微妙な勘所なんかの解説もあるのですか?」
 来間が万太郎に真剣な眼差しで訊ねるのでありました。
「いや、特段そんな事はないですよ。寧ろ何ら細かくは教えてくれずに、先生方の技の受けを取ったり、只管回数を熟す事で自得しろと云った風ですかねえ」
 万太郎は新木奈をちらと見ながら云うのでありました。あゆみに関する話しがそれ以上展開せずに、稽古の話題に戻った事で新木奈は興醒めな顔をしているのでありました。
(続)
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