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お前の番だ! 120 [お前の番だ! 4 創作]

 一間の間合いで良平と対峙した興堂範士は、脚こそ前後に左撞木立ちして構えの歩幅を取るのでありましたが、両手は横にダラリと下げて良平の突きの構えに対して正面を如何にも無造作に晒しているのでありました。しかしこれは誘いであって、すぐに反応出来るように体から力みを取り去っているので如何にも無造作に映るのであります。
 良平が頃を見計らって鋭い正面突きを上段に繰り出すのでありました。興堂範士は先程剣を持った時と同じに良平の右にほんの少し逸れる位置へ体を開いて前進しながら、柄頭の代わりに左拳で良平の脇腹に突きを呉れるのでありました。
 この興堂範士の突きは前の時と違って形ばかりの突きではなく、やや強い打撃でありました。良平は思わず体勢を崩して苦悶の表情を浮かべるのでありました。
 興堂範士が空かさず良平の伸びた右腕の手首に右手を添えて、右に素早く回転して良平の右横に並ぶような位置に移動すると、良平は腕を伸び切らせた状態で前のめりにもっと大きく体勢を崩すのでありました。興堂範士は不安定な体勢になった良平の右肘に対して自分の左肘を宛がってから、その儘鋭く前に一歩踏み出すのでありました。
 良平は伸び切った肘を強く弾かれたような形になって、その力に抗しきれずに前方に大きく鮮やかに投げ飛ばされて仕舞うのでありました。これが、肘当て投げ、と云う技、正確に云えば、正面上段突き肘当て投げ、と云う体術の技であります。
「すべてはタイミングの勝負じゃな」
 興堂範士が下座の門下生の方に向かって云うのでありました。「相手の上段突きを避けるのも、あんまり早く動くと相手にこちらの動きを悟られるし、こちらの脇腹への突きが相手に見えて仕舞う。遅れたらまともに上段突きを食らう事になる。ギリギリの、ここぞと云うタイミングを掴んでいないとこう云った捌きは使えないものじゃよ」
 興堂範士の技の冴えを見せつけられて万太郎は心中唸るのでありました。何時もながらの俊敏で流麗な動きと技の迫力であります。
「では先ず、最初の、相手の突きを剣術の、相打ち返し、の要領で捌いて、相手の脇に身を入れて脇腹を打つ体捌きの稽古から始めるとしようか」
 興堂範士のその言葉に門下生達がすかさず反応して、「押忍」の発声と伴にきびきびとした動作で一斉に立ち上がると、二人一組になって道場一杯に広がるのでありました。万太郎は何時も通りに良平と、内弟子同士で組むのでありました。
「脇腹への突きは形だけにするように。一々本気で打ちこまれては受けの身がもたん」
 興堂範士は笑い顔をして大声で注意するのでありました。まあ、これは云わずもがなの事を云ったまでで、愛想の戯れ言の一つと解すべきでありましょう。
「では稽古始め!」
 興堂範士のかけ声に門下生達が「押忍」と応じ、各個に稽古に励む気合の声が道場一杯に乱れ響くのでありました。万太郎が横目にちらと見所の方を見遣ると、鳥枝範士が横に座っていた是路総士に一礼して、見所から降りてくるのが見えるのでありました。
 これは指導のために門下生の間を回るためであります。この回り指導には興堂範士を始め鳥枝範士と、それに威治教士の三人がつくのでありました。
(続)
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