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お前の番だ! 109 [お前の番だ! 4 創作]

 万太郎の熊本の家族は万太郎が常勝流総本部道場の内弟子になった事を、然程に心配してはいないようでありました。基本的には人に後ろ指差されない稼業ならどのような仕事に就こうと、無難に飯を食ってさえいければそれで御の字、と云った具合で、父親なぞは万太郎が武道を終生の仕事と決めた事を、寧ろ喜んでいるくらいでありました。
 返って家族の中にそう云ったへそ曲がりが一人出現した事を、面白がっているような風情すら見受けられるのであります。ま、そう云ったわけでありますから、父親の憂慮を払拭するために黒帯を締めた凛々しい姿の写真を送る、なんと云う動機も実情にそぐわないようでありますが、ま、父親への愛想としては成立するでありましょうか。

 万太郎が正坐した後、四つの茶碗が乗った盆を傍らに置いて廊下から師範控えの間に声をかけると、一瞬中で交わされていた会話が滞るのでありました。
「茶を持って参りました」
「ご苦労。入れ」
 一拍の間の後に、鳥枝範士の指示の声が締まった障子戸越しに聞こえるのでありました。万太郎は静々と障子戸を開けてから一礼した後、先ず茶碗の乗った盆を部屋の中に押し遣ってから膝行で身を入れるのでありました。
 座卓を囲んでいた四人が会話を控えて、万太郎の挙動を見ているのでありました。これは用事が住んだら早々にこの部屋から退散せよと云う空気であろうと思い、万太郎は茶を夫々の前に置き終えたら、すぐに障子戸の処に下がってお辞儀するのでありました。
「折野君、未だ稽古が始まるまで多少時間があるから、そんなにさっさと引き下がらないで、少し話しに加わらんか?」
 興堂範士が万太郎が頭を起こした時にそう誘うのでありました。助教士になったと云っても未だ遣い走りが担当程度の内弟子風情が、お歴々の談話に加わるのは不遜であろうと戸惑って、万太郎は鳥枝範士に伺いを立てるような及び腰の視線を送るのでありました。
 鳥枝範士は無愛想な表情ではありながら小さく頷くのでありました。興堂範士直々のお言葉であるから、そうしろと云う指示でありましょう。
「助教士となると、指導の方もやらんければならんのう」
 興堂範士が座卓に近寄らず障子戸を後ろにして正坐している万太郎に、笑顔を向けながら云うのでありました。「もう、道場での中心指導はしているのかい?」
「いえいえ、未だそこまでは任せられません」
 万太郎に変わって鳥枝範士が云うのでありました。
「しかし、ぼちぼちそう云う事も経験させなければいかんじゃろうよ」
「それはそうですが、まあ始めは傘下の支部とか同好会に派遣指導に行かせて、そこで実績を積んでから、折を見て総本部の指導もやらせてみるつもりですよ」
 今度は是路総士が云うのでありました。
「ああそうですか。それならウチの道場へも指導に来て貰うかな」
 興堂範士が笑いながらそんな勿体ない愛想を云うのでありました。
(続)
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