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お前の番だ! 108 [お前の番だ! 4 創作]

 内弟子仕事にしても良平は万太郎にあれこれと指示をしなくなるのでありました。それは万太郎が仕事の大概をすっかり掌握し、要領を体得したので指示の必要がなくなったと云う事もありますが、多岐に渉る気遣いと諸事をこなす手早さと、先読みの確かさに於いて良平はあっさり万太郎の方が上と畏れ入ったが故でのようありました。
 万太郎に差配させた方が何に依らず上手くいくのであります。良平は気が利かないと云うのではないのでありますが、万太郎の方がより信頼感があると云う事でありますか。
 かと云って良平は卑屈になるわけではなく、言葉遣いも態度も弟弟子に対するようにではなく、頼もしい同僚に対するがごとくに変わったと云うだけであります。万太郎を呼ぶ時の呼称変更は、良平の万太郎に対する認識の改まった一端と云えるでありましょう。
 万太郎の方は相変わらず兄弟子に対するような言葉遣いを変えないのでありましたが、それは高々二か月とは云え兄弟子は兄弟子であり、弟分の身の程を堅守すべきであると思い做しているからであります。これを万太郎の律義さ或いは義理堅さと見るか、一面の堅苦しさ或いは過剰な形式主義と見るかは人に依って様々でありましょうが。
 一年で、万太郎と良平は伴に是路総士から黒帯を授与されるのでありました。一般の門下生の場合、どんなに早くとも黒帯を取得するまで三年はかかるものでありますが、内弟子として一日七時間一年間殆ど休み無しの猛稽古荒稽古をこなした彼等は、それに充分匹敵するだけの実力を養成出来ていると見做されたのであります。
 内々ではあるものの、是路総士を始め鳥枝範士、寄敷範士、それにあゆみと云う総本部道場の重立つ顔ぶれが揃って、内弟子稽古終了時に黒帯授与式を挙行してくれるのでありました。四人が威儀を正して万太郎と良平に笑顔で座礼をしてくれるのを見て、万太郎と良平は一年間の内弟子としての苦労が報われた思いがするのでありました。
「万さん、どうだい、似合うか?」
 黒帯授与式の後、内弟子部屋に帰って来てから、良平が白の稽古着に締めた真新しい黒帯を撫でながら些か照れ臭そうな笑顔を向けるのでありました。
「何か急に強くなったように見えますよ」
「そうかな、強そうに見えるかな?」
 確かに筋骨逞しくなった良平の黒帯を締めた稽古着姿は、一年前と比べると見違えるようでありました。勿論万太郎の体も、かなり武道家らしく変貌しているのでありますが。
「何処からでもかかって来い、みたいな頼もしさが腰の黒い辺りから発散していますよ」
「いやいや、長足の進歩を遂げる万さんと違って俺は亀の一歩の口だから、何か腰の辺りの黒帯の納まり具合が今一つのような気がする」
「そんな事ありませんよ」
 万太郎は片手を横にふるのでありました。「どうです、記念写真でも撮りましょうか?」
「そうだなあ、撮って貰おうかな。一応信州の親父にそれを送ってやるか。俺が風変わりな仕事に就いているのを、今でも大いに心配しているからなあ」
 良平は満面の笑みの中にほんの少しの目尻の翳りを宿した面相で云うのでありました。
「ああそれは良いですね。そんなら僕のも撮って貰おうかな」
(続)
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