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お前の番だ! 106 [お前の番だ! 4 創作]

 師範控えの間には是路総士が座っているのでありました。
「ようようあにさん、またもや出張指導に罷り越しましたぞ」
 興堂範士は縁側に正坐して一礼した後に是路総士に声を投げるのでありました。
「ご苦労さんです。本日の出張指導、よろしくお願いしますよ」
 是路総士は手招きするのでありました。「おお、今日は若先生を助手としてお連れになったのですな。これは珍しいですなあ」
「どうも、よろしくお願いします」
 興堂範士の後ろに控えていた威治教士がお辞儀するのでありました。その礼容にはどこか狎れたような崩れが感じられるのでありました。
 興堂範士と威治教士、それに鳥枝範士が座敷に入ると、万太郎は是路総士も含めて四人に出す茶を入れるために母屋の台所に向うのであありました。自分も是路総士の助手として他派の道場に出向いた時には同じでありますが、花司馬筆頭教士や板場教士なら指示があるまでは決して座敷には入らず、廊下に控えているのが常でありました。
 しかし威治教士に於いては当然のような顔をして座敷に上がりこむのでありました。幾ら興堂範士の実子で将来の興堂派の後継者であるからと云って、それでは門弟としての弁えのない不作法と謗られても仕方ないであろうと万太郎は思うのでありました。
 これは第一義には、本人の慎みのなさがこう云った不躾なふる舞いをさせるのでありましょうが、それにしても興堂範士ともあろう人がそれを叱らない、或いは予め教育していないと云うのはいったいどう云った按配でありましょうや。まあ、万太郎風情がとやこう云うべき事柄では全くないのは判り切った事ではありますが。
 師範控えの間からは威治教士の声も混じった歓談の声が聞こえるのでありました。万太郎とは違って中に居る四人には威治教士のふる舞いなんぞは、不謹慎でも何でもない、全く問題にすらもならないものだと云う事でありましょうか。

 最初は大いに戸惑いがちであった内弟子の課業にも、住みこんで三月もすると万太郎はすっかり慣れるのでありました。但し、のんべんだらりと日を送っていた学校時代に比べると、その忙しさに於いては別世界の観があるのでありましたが。
 体力も急速についてくるのが判るのでありました。一日七時間稽古をして、最初はくたびれ果てて次の日まで残っていた疲労も、次第に殆ど感じなくなるのでありました。
 早起きは不得意だと思っていたのに、これが案外大丈夫なのでありました。一日六時間の睡眠で事足りる事が判ったのは、万太郎としては意外な発見でありました。
 剣術の稽古には、常勝流の組形を覚えるのが大変ではあったものの、元々竹刀の扱いに慣れていた万太郎は案外早く馴染むことが出来るのでありました。剣の乱稽古でも是路総士には到底歯が立たないながらあゆみとは、勿論実力的には大きな差があるにしろ、そこそこ相手になる事が出来るようになるのにそう長い時間はかからないのでありました。
 これが体術となると、先ず受け身をマスターするのに手を焼くのでありました。しかも受け身は形ではなく即応の術なので臨機応変が求められるのであります。
(続)
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