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お前の番だ! 101 [お前の番だ! 4 創作]

 で、寄敷範士でありますが、大学を出た後も二年間は内弟子として総本部道場に常駐して、教士となったのを折に、他の諸般の事情も重なって、その後は税務署に職を見つけて常勝流教士との二股でやってきた人なのでありました。二股と云う点では鳥枝範士もそうでありますが、この時代に内弟子となった人達は、戦争やら戦後の混乱やらで、武道一筋の道を歩むには様々な困難があったと云うことでありましょうか。
 税務署を定年前に退いた後は新宿に事務所を開いて、今も税理士として活躍しているのだそうでありますが、鳥枝範士と同じく若い頃に儘ならなかった稽古を取り返すべく、六対四の比重で常勝流総本部道場範士としての務めに重きを置いていると云う具合のようであります。また、税理士としては鳥枝建設の仕事も引き受けているのだそうであります。
 万太郎は寄敷範士の怒った顔を殆ど見た事がないのでありました。万太郎のような内弟子や他の門下生に対する口のきき方にもどこか遠慮が潜んでいて、鳥枝範士のような、時に無茶な命令なんぞも先ず、出した事はないのでありました。
 内弟子に対して体術の技をかける時も、その接触する掌の中に、ある種の労わりが籠っているのを感じる事が出来るのであります。これが鳥枝範士となると、どうだ参ったか、と云ったような容赦のない技を特に内弟子に対しては繰り出してくるのでありますが、どちらが武道の稽古として資するものがあるのかは何とも云えないのでありますけれど。
 さて、三時からの一般門下生稽古では、万太郎は前の専門稽古の時のように、正坐しての見取り稽古、と云うだけにはいかないのでありました。またあゆみが一対一で稽古をつけてくれるのでありましたが、万太郎は道場の隅の方で右構えに構えた儘五分間、体をピクリとも動かさない静止状態で居続ける事を要求されるのでありました。
 その後に左構えでも同じ事を要求され、次は脚を前後に大きく開いて、前脚の膝を屈してそちらに八分の重心をかけて体勢を低くした状態で、これもまた左右の脚を換えて各五分ずつ、それから横に脚を開いて股関節と膝関節がほぼ九十度に曲がる位置に重心を落として五分間、今で云うアイソメトリックでの鍛錬をやらされるのでありました。それにその体勢で左右に上体を動かして重心を夫々の脚に間断なく柔らかく移動させる動作、これはアイソトニックトレーニングのような鍛錬を十分間続ける事を課されるのでありました。
 間に少しの休息を挟むのでありますが、しかし万太郎の脚は先ずプルプルと震え始め、次に、特に大腿前面の筋肉が悲鳴を発し、その後感覚がなくなり、結局後ろ足の膝から畳に頽れたり、尻餅をついたりと云った無様を演じて仕舞うのでありました。
 あゆみも一緒に同じ静止動作や左右の重心移動運動を行うのでありましたが、あゆみは静止する場合にはそれこそ微動だにせず、また動く場合には如何にも滑らかに動作し続けて見せるのでありました。見かけによらず、そん処そこいらにないタフな筋肉を持っているのだと万太郎は驚嘆するのでありましたが、しかし仔細に観察してみると、どうやらあゆみは筋の力みだけでそう云った運動を行っているのではないようなのでありました。
「常勝流では先ず全身の力を出し尽くした後から、技の稽古が始まるんだから」
 あゆみはこの鍛錬の意味をそう解説するのでありました。しかしそう云う理念はあるにしろ、要は極めて効率的な力の入れ方やぬき方のコツが屹度あるに違いありません。
(続)
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