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お前の番だ! 93 [お前の番だ! 4 創作]

「いやあ、僕は味とかに拘る方では全くありませんから」
「でも外食は概して味が濃いから飽きる、なんて良君は云っていたわよ」
「僕はその辺は苦にならないですね。大体僕は一年中同じ献立でも、平気でそれを一年間食い通すようなヤツですからね。味の濃い薄いなんと云う点も気にしないのです。ただ量さえ満足出来ればそれで良いと云った風の、到って無粋な人間でして」
「好き嫌いもないしね」
「はい。何でもガツガツ、です」
「まあその方が、作る方は助かるけどさ」
 そう云ってあゆみはまた皿を万太郎に渡すのでありましたが、今度は指は触れないのでありました。万太郎はそこはかとなく残念なような気がするのでありました。
 昼食の後に少しの休息を挟んで、午後一時から内弟子と準内弟子の専門稽古が始まるのでありました。これは昨日、万太郎が無理矢理体験させられた稽古でありました。
 その日の専門稽古では万太郎はまたあゆみに、先程の一般稽古の時と同じように初心者としての稽古をつけて貰うのだろうと思っていたのでありましたが、あゆみは疎か万太郎に構ってくれる門下生は一人もいないのでありました。つまり万太郎は稽古の間中、道場下座の隅にずっと正坐させられていたのでありました。
 ただ単に正坐して稽古の見取りをしているだけではなく、姿勢が崩れているとあゆみは元より近くに居る黒帯の先輩弟子連中が誰彼なく万太郎を叱責するのでありました。万太郎はその都度背筋を張るのでありましたが、中には別に腰も背筋も緩めていないと云うのに、近くに来た事の序でに叱咤して行く先輩なんかもいるのでありました。
 三十分はさしてどうと云う事なく正坐が出来ていたのでありましたが、四十五分を過ぎる頃から急に足の指先に痺れを感じ出すのでありました。後はあっという間に膝から下の感覚を喪失して仕舞って、脳の指令で足指を動かす事が出来なくなるのでありました。
 尻を左踵に移してみると多少は右足の血行が回復したような気になるのでありました。しかしその内に目立たない左右の腰ふりも無意味と化すのでありました。
 結局稽古の終わりの礼まで万太郎は正坐で過ごしたのでありました。礼をして是路総士が退場した後あゆみが万太郎に近づくのでありました。
「その儘前に倒れて、五分間じっとしていなさい」
 このアドバイスは痺れ切った足で立とうとして、足指や脛を損傷しないためのものでありました。かろうじて立ったとしても、すぐによろけて転倒するだけでありましょう。
「押忍。では」
 万太郎は上体だけで浅くお辞儀した後、両手で前受け身をする時のように体を支えながら前に俯すのでありした。その儘の横着な姿勢で血行が回復する時のもぞもぞとした嫌な脱力感に耐えていると、足指に感覚が次第に戻ってくるのでありました。
 五分程度が経過したので、未だ脱力感は残っているのでありましたが、ほぼ大丈夫そうな気がしてきたので万太郎はゆっくりと立ち上がるのでありました。あゆみに挨拶しようとしたのでしたが、もうあゆみの気配は万太郎の傍から消えているのでありました。
(続)
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