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お前の番だ! 90 [お前の番だ! 3 創作]

「まあ、折野君一つ」
 興堂範士が自ら万太郎の前に徳利を差し伸べるのでありました。万太郎は是路総士の顔をちら窺い、特に控えろと云うサインが出ていないのを見定めてから、両手で捧げ持った猪口を興堂範士の前に畏まって差し出すのでありました。
「押忍、有難うございます」
 万太郎は酒を入れて貰った猪口を翳しながらお辞儀するのでありました。
「じゃあ、花司馬君」
 これは是路総士の声でありました。興堂範士と是路総士は互いに相手の内弟子に夫々酌をしたと云う容でありましたが、これは是路総士が自分の内弟子に対する興堂範士の心遣いに返礼したと云う事でありましょう。
「花司馬、どうだったか、折野君に相手をして貰って?」
 興堂範士は猪口を口に運ぶ花司馬筆頭教士に訊くのでありました。
「押忍、自分のような者が云うのも何ですが、なかなかの剣の才能だと敬服しました」
 花司馬筆頭教士はそう云いながら万太郎に笑顔を向けるのでありました。
「うん、確かになかなかの腕前だ。とても入門二か月の内弟子とは思えない」
「未だ常勝流の剣術にはなり切ってはいないようですが、それにしても剣の軌道の確かさとか斬撃の鋭さは大したもので、下手をするとこちらが位負けしそうでした」
「いやいや、未だ々々折野の剣はあゆみの剣にも及びませんよ」
 是路総士がそう云いながら猪口の酒を喉に流しこむのでありました。すかさず花司馬筆頭教士が徳利を取って恭しく是路総士の猪口の前に差し出すのでありました。
「いやまあ技量としては、今はあゆみちゃんの方が未だ上ですかな」
 興堂範士が猪口を空けるのでありました。今度は万太郎が素早く両手で徳利を取って注ぐ用意をするのでありました。
「いや確かに、あゆみ先生の剣には自分なんぞは到底太刀打ち出来ません」
 花司馬筆頭教士が自分の方が歳上であるにも関わらず敬称をつけてあゆみを呼ぶのは、よちよち歩きの頃から常勝流を習っているあゆみの方が修業歴が長いためで、弟子間の関係では歳に関係なく入門の早い方が兄或いは姉になるからであります。勿論、自分はあゆみの剣の腕前には及ばないと云う認識がある故の敬称でもありましょう。
 廊下に、威治教士と板場教士の姿が現れるのでありました。どうやら板場教士は外に出る前に威治教士を道場内で捕まえたようであります。
 二人は廊下で座礼してから座敷に入るのでありました。
「おう来たか。今日は一同で卓を囲むことにした」
 威治教士が席につくと興堂範士がそう事情を説明するのでありました。「お前も良い機会だから是路素先生に色々ご教誨をいただけ」
 威治教士は無言で愛想笑って、顎を突き出すようなぞんざいなお辞儀をして見せるのでありました。これはあからさまではないにしろ、この席に呼ばれて些か迷惑と云った色が、そのぞんざいさから滲み出していると万太郎は見取るのでありました。
(続)
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