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お前の番だ! 79 [お前の番だ! 3 創作]

 鳥枝範士の技が剛なら是路総士は柔と云った印象でありましょうか。相手の動きに逆らわないで、いやむしろ相手を操るように動かしていると云った風であります。
 相手は気がついたら何時の間にか是路総士に抑えこまれている、或いは投げられていると云う事になるのでありましょう。それだけ是路総士の動きは相手の次の出方を的確に読んだ巧妙で精緻な、力のぶつかりあいも動作の停滞もない柔らかいものでありつつ、しかしあくまで優位的に、相手を制圧すると云う結果に向かって進行しているのであります。
 これこそ実に恐ろしい技と云うものでありましょう。万太郎はその動きの美しさへの感動と伴に、肌の粟立つような酷さも同時に感じ取るのでありました。
 別に相手を手酷く扱うと云うのではないのであります。如意の心算で動いている相手を知らず知らずの内に、いや実は最初の最初から、不如意な終局へとあしらっていく蜘蛛のような武術的欺罔の恐ろしさを万太郎は感じ取ったのでありました。
 道場の隅で、内弟子頭格のあゆみの持て余すような注文と注意に只管たじろいでいる今の自分が、何時か是路総士の如く技を使えるようになる日が来るのでありましょうか。
「ほらまた、後ろ脚の張りが緩んでいる!」
「押忍」
 あゆみが右構えをしている万太郎の後ろ脚の膝の裏を平手で叩くのでありました。万太郎は反射的に後ろ脚を強く張るのでありました。
「後ろ脚を張った途端、それに影響されて上体が動揺しないように」
「押忍」
「上体の揺れを止めようとして、前脚の膝が固まらないように」
「押忍」
「ほらまた後ろ脚が緩んだ」
「押忍」
 こんなにやいのやいのと云われれば、居竦むしかないではないかと万太郎はげんなりするのでありましたが、勿論そんな繰り言を発するわけにはいかないのでありました。
「その儘前脚を膝を緩やかに使って摺り足で徐々に前進させて、足幅を三足半まで開いて、前足に八分の重心をかけて低い姿勢で止まるように」
「押忍」
 万太郎は前方に足を運んで体勢を低くするのでありました。
「見下ろした時、前脚の膝の迫り出しで爪先が隠れるくらいに重心を前に」
「押忍」
 万太郎は確認のため直下を見下ろして、自分の右脚の膝をその下にある足指を隠す位置まで前に迫り出させるのでありました。前足に乗せた八分の重心が、万太郎の大腿前面の筋肉に強い負担を強いるのでありました。
「その儘の姿勢を十分間保持」
「押忍」
 万太郎の大腿が震え始め、膝が笑い出し、額に脂汗が浮くのでありました。
(続)
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