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お前の番だ! 72 [お前の番だ! 3 創作]

「どうだい、なかなか内弟子も大変だろう?」
 良平が横に立っている万太郎に訊くのでありました。
「そうですね。しかしこれは想像していた内です」
 万太郎は然程めげた風もない様子で笑うのでありました。
「ああそうかい」
 初端から万太郎が大いに怯んだだろうと想像したのに、存外ケロッとしているのが良平には期待外れのようでありました。「俺は参ったね。大体が怠け者で掃除なんて好い加減にしかやった事がなかったから、あゆみさんに指示されてもどうして良いのやら勝手が判らなくて、一週間くらいは叱られっぱなしだったぜ。しかも今まではあゆみさんと俺の二人でやらなければならなかったから、もう、てんてこ舞いとはこれを云うのかと知ったね」
「僕も本来は、掃除なんかは苦手な方です」
「ま、一週間も同じ事やっていれば慣れるけどな」
「ところで稽古までの仕事はこれでお仕舞いなのですか?」
「そう、朝稽古が始まるまで暫しの解放の時間だ。内弟子部屋で寛いでいようぜ」
 良平は門下生更衣室の角を曲がった、更に廊下の奥にある内弟子部屋へと万太郎を連れて行くのでありました。そこは良平が起居している部屋のようでありますが、その内万太郎もそこに同居する事となるのでありましょう。

 是路総士の「止め」の声が上がるまで万太郎は興堂範士と、相打ち返し、の組形を仕太刀と打太刀を交代しながら繰り返すのでありました。興堂範士の太刀扱いは兎に角素早く、木刀が空気を切り裂く音が万太郎の操る木刀のそれより格段に鋭いのでありました。
「さあて、このくらいで」
 是路総士が大きくはないながら道場中に渡る声を上げるのでありました。その声に反応して、散らばっていた門下生達が下座に下がって横一列に正坐するのでありました。
「次は、逆打ち返し、の形をやるとしましょう」
 是路総士はそう云いながら万太郎の方に目線を向けるのでありました。万太郎は即座に是路総士の前に疾行するのでありました。
「ご存知のようにこれも、相打ち返し、と要領は同じで、八相の構えから相手に直進すると思わせて、微かに今度は相手の左横に歩み足で出ながら正面を打つ技ですな」
 是衣路総士は万太郎と向いあって八相に構えると、逆打ち返し、の組形をゆっくり演じて見せるのでありました。是路総士がゆっくり演じようとしているのならそれを敏感に察して、万太郎の方も矢張りゆっくりと打太刀としての木刀をふり下ろすのでありますが、これは指示も何もない状態で是路総士の意を酌む能力が必要とされるのであります。
 若し師である是路総士がゆっくりと打てと無言に要求しているのに、弟子が無分別に早い打ちこみを敢行したなら、勿論是路総士に簡単にあしらわれて即座の反撃を受ける事になるのでありますが、それ以前に、相手との関係の機微を読めない、武道家としては魯鈍な不器量者とされるのであります。これは慎に以って立つ瀬のない評価なのであります。
(続)
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