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お前の番だ! 65 [お前の番だ! 3 創作]

 是路総士は木刀を片手で柔らかくふって見せるのでありました。「そのためには刀のふり方に少し工夫がありましてな。こちらの刀はあくまでも相手の正面に向かう軌跡を見せます。その太刀筋に相手の意識が囚われていれば、これはしめたものです」
 確かに是路総士の木刀はこちらに一直線に向かって来るように万太郎には見えるのでありました。だから後の先の有利を活かして、こちらも太刀筋を一切変化させる事なく、最短距離で是路総士の前額目がけて打ちこもうとしたのでありました。
「しかし一足横に動くとなると、明らかに太刀筋の変化が現れてしまいますな。言葉は悪いですがここを如何に誑かすかと云うところです」
 是路総士は道場下座に並ぶ興堂派門下生に対して背中を見せて立つのでありました。「私の体の横への動きと、私のふる木刀の太刀筋とを比べながら見ておいてくださいよ」
 是路総士はそう云って、横に体を変化させながら二三度木刀を上段から真っ向斬りにふって見せるのでありました。しかし見ただけでは是路総士の体の変化と太刀の動きに、総士の云う工夫と云うものを看取出来るような者はそうはいないのでありあます。
「どうじゃな、私の太刀筋と体の動きの間にある関係を見抜けましたかな?」
 是路総士は門下生の方に向き直って訊ねるのでありましたが、誰も声を発する者はいないのでありました。勿論万太郎も無言の儘でありましたが、太刀の操法と云うよりは、実は是路総士の太刀が迫切してくる時の恐怖と云うのか、その正確無比でしかも一切の容赦を知らぬような酷薄なる刃先の威圧感に秘訣があるのではないかと、これは万太郎が幾度か是路総士と内弟子の剣術稽古で手あわせして得た感触なのでありました。
 是路総士は接する時は何時如何なる時でも、至って柔和な人なのでありました。しかしそのこの上もなく柔和な仁が手にする太刀は、人を切り刻んでも眉一つ動かさない相手をたじろがせるに充分の酷虐な面相をしているのであります。
 これは是路総士と云う個人がそう云う本性を秘め持っていると云うのではなく、恐らく常勝流の苛烈な修行がもたらしたもの、一度太刀を手にした時に是路総士の本来の資質をも超えて仕舞う、殺傷術、として現れざるを得ない武術家の業と云うものであろうと万太郎は考えるのでありました。武術修業とはかくも恐ろしいもののようであります。
 であるなら、ここで是路総士の云う、工夫、なるものは余人には容易に真似の出来ない技術なのであります。しかし、技術、であるなら、可能性として体得出来ないものでもないはずでありますが、はてさてどうでありましょうや。
「威治さん、私の太刀筋と体の動きの関係が判ったかな?」
 是路総士は笑い顔で下座の端に座っている威治教士に愛想を向けるのでありました。
「いやあ、僕等のような凡人には到底。・・・」
 威治教士のその一見遜ったような物腰に、万太郎は是路総士に対する無礼を読み取るのでありました。敬して遠ざける、と云う言葉があるのでありますが威治教士のその云い草には、敬する、ところもないある種の侮慢のみが埋蔵されているようでありました。
 威治教士は是路総士から学ぶ意欲が更々ないようであります。強さと云う点で、要はそんな小難しい太刀筋と動きの関係等大した意味はないと云った了見なのでありましょう。
(続)
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