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お前の番だ! 64 [お前の番だ! 3 創作]

「よっしゃ。よろしく頼むぜ」
 良平は兄弟子らしく些か横柄に万太郎の肩を叩くのでありました。この同い歳で二か月だけ先輩たる良平の兄貴面に、万太郎は特段嫌味を感じる事はないのでありました。
 それは万太郎が内弟子に入った事を、生一本に嬉しがっている様子がその素ぶりの中にちらちら仄見えるからでありました。勿論、弟分が出来る事で、内弟子仕事上の功利的思惑で嬉しがっていると云うのも多分にありはするのではありましょうが、しかしそればかりではなくて、まるで家族が増えたのをただ純一に歓喜する小学一年生のような心根が、良平の体膚から隠れもしないで滲み出しているのであります。
 この気立ての大いに好ましき先輩が納戸兼内弟子控えの間から消え去ると、万太郎は更衣を始めるのでありました。待遇面では当初の彼の希望からは大外れであろうものの、それでも結構、満足すべき就職先を見つけ得たのではなかろうかと、万太郎は片頬に笑みを浮かべて上着の袖に腕を通すのでありました。
 貰った稽古着を入れたビニール袋を小脇に、暮れかかった道を仙川駅の方に向かっていると、前から、曲げた左肘にキルトで出来た黄色のバッグを提げ、右手にスーパーで買い物した大きな紙袋を一つ抱えた見覚えのある女性の顔が近づいて来るのでありました。
「あ、どうも。先程道場では有難うございました」
 そう声をかけてきた男が万太郎である事をあゆみは一瞬判らなかったようでありましたが、すぐに合点して小首を傾げるような仕草でお辞儀を返して破顔するのでありました。
「ご苦労様でした。お帰りですか?」
 稽古の時とは違って丁寧なもの云いであります。
「はい。通いの内弟子として明日から稽古に参加させていただきます」
「ああそうですか。今後ともよろしくお願いします」
 あゆみは上体をやや深く倒してお辞儀するのでありました。その時右手に抱えた紙袋から一番上に乗っていた林檎が一つ転がり落ちそうになるのでありましたが、それはかろうじて袋の中に留まるのでありました。
「通いの内弟子とは云え、可能な時はなるべく長く道場にいたいと思いますので、色々ご指導をよろしくお願いいたします」
「はい。大変でしょうけど内弟子の仕事には徐々に慣れてください。家の内が益々賑やかになって、あたしも嬉しいです」
 あゆみはそんな愛想を云って目を弓形に細めるのでありました。
「では明日」
 万太郎がまたお辞儀をするとあゆみも先程と同じ程度に深く低頭するのでありました。万太郎は上体を起こすと同時に歩き始めたので、彼より少し長く頭を下げた儘のあゆみの持つ紙袋から、今度は林檎が落ちなかったかどうか背中で少し心配するのでありました。

 是路総士が、相打ち返し、と云う形の要諦を説明するのでありました。
「あくまでも相手に左横への変化を悟られないように動くのがミソですな」
(続)
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